定年退職したあと顧問になった元上司が陣中見舞いと称して私の職場にきた。

支店長は面識がなかったのだが、先輩には違いなかったので気を遣って色々と話を合わせており、気の毒だなぁと思っていた。

散々色んな話をして、やっと「そしたら帰るわ」と腰を上げた時には、支店長は明らかにホッとしたような表情をして自ら先頭にたってエレベーターのボタンを押すために歩き出したので、よっぽど帰ってもらいたかったのだと思う。

しかし、そこはマイペースな元上司だ。

空気は全く読めないので、廊下の途中でピタリと止まり突然

「あっ!そうや!見て欲しいものがあったんや」

とスマホを取り出した。

もう支店長が先に行っちゃってるんだけどなーと

思ったが無視することも出来ず

「なんですか?」と元上司が操作するスマホを覗き込む。

「わし、犬を飼ってんねん!可愛いねん!」

ええ⁉️このタイミングで⁉️

私の戸惑いには当然気がつかず、元上司は

「もう子供も結婚して嫁と2人やったら会話もないしな。犬飼うしかないと思って。可愛いやろー!

みどりちゃん言うねん💕💕」

とスマホの写真をスワイプしながら、ほとんどアングルの変わらない柴犬のアップを次々と見せた。

大の動物好きの私だ。いつもならキャーキャー言いながら写真を見せてもらい、元上司の話を聞くところなのだが、なんせ先に行った支店長が気になる。

「かっ、かわいいですねぇ💦」

廊下の途中でピタリと動かなくなった元上司に、私はここで会話を盛り上げてはならないと当たり障りのないコメントをするが

「そーやろー❤️9ヶ月やねん❤️」

と全く通じない。「ほんでなー!」

それどころかさらに話を続けようとするので私は仕方なく

「支店長がエレベーターの所で待ってはると思うんで行きましょうか」と恐れ多くも話をぶち切った。

やっと、エレベーターのところまで行き着くと、中で開のボタンを押したままの上司が所在無げに待っていた。

ただ、この空気が読めずにマイペースな元上司が現役時代、癒し系として女子社員の間から絶大な人気を誇っていた事だけは揺るぎのない事実なのだった