K子は駄菓子屋の娘だった。一人娘ということもあって甘やかされるだけ甘やかされて育ち、しかもお店のお菓子はどれでも食べていいという環境だったのだという。そんなK子と仕事をするようになった時、困ったのは仕事ではなくお菓子に対する執着だった。千人を超える従業員をかかえる支店の総務部という部署だったため、来客の手土産が多かったのだが、K子は悪気もなくそれを真っ先に開封して好きなお菓子を食べてしまうのだった。来客が多いということはお客さまにその手土産をお出しする事も多いのだが既にK子によって食べ散らかされて数が足りないという事もしばしばあり、その度にK子を呼び出し

「このお菓子はK子のお菓子じゃないでしょ?勝手に食べたらあかん!」と幼稚園児に注意するような事を言わなければならなかった。

そんな事が何度も繰り返されたが、結局三つ子の魂百までとはよく言ったもので、K子の盗み食いは治らずついに支店長からの指示でお菓子は厳重取り扱いの書類とともに鍵のかかった書庫に保管されることになった。

さて、これで今後、K子のお菓子事件で悩まされることもなくなったと私は安堵していた。K子はお菓子の事さえなければ一生懸命仕事をするいい社員なのだ、美人で仕事ができて何もいうことはないのだ。

それからも、K子が通勤しながらポテトチップスが入った筒の底をトントンしながら歩いていたとか、電車の中でパンを食べていたといった苦情めいた目撃情報が入ってきていたものの会社を出ればK子の自由だと私は右から左へ聞き流し、平和な日々がこれからも続くと信じていた。

 

お菓子を鍵付きの書庫へ保管するように指示したことからもわかるように、支店長もまた無類の甘いもの好きだった。太っ腹な支店長は大好きなアイスを総務部の冷凍庫いっぱいに詰め、私達にも好きに食べたらいいと言ってくれていたのだが、頻繁にくる来客に出したいために買っているのは明白だったので誰も手をださなかった。

そんなある日の事だ。その日は10人以上のお客さまが来て、いつものようにアイスを出すように指示が出た。最近の支店長のお気に入りは滑らかな口溶けが人気のカップ入りアイスクリームだ。アイスが溶けては大変と私達は手分けをしてアイスとスプーンにおしぼりをつけてお出しした。

すると、すぐに支店長と一緒にお客さまの応対をしていたはずの副支店長が一人で部屋から出てきたのだ。副支店長は、右手にアイスクリームのカップ、左手にフタを持っていて、その両腕を私達に向かって突き出した。その中身が半分なかった。

まさか!?食べかけ出した!?青ざめる私達に副支店長はニヤニヤしながらそのアイスクリームを冷凍庫に戻し、ひらひらと手をふりながら戻っていった

 

「K子!!」

容疑者なんて一人しかいない!

「なんでアイス食べたの!?いや、食べたことはこの際どうでもいい。食べかけをなんで冷凍庫に戻したの!?」

「だって溶けるじゃないですか」

やっぱりこいつか!まったく反省の色のないK子を部屋の端まで連れていき私は言うだけ無駄とは知りつつも言わない訳にはいかない小言をK子にくりかえす

「家の冷凍庫じゃないねんで!名前書け!あと食べかけを戻すな!つか、支店長のアイスを食べるな!」

今回は奇跡的に超温厚な副支店長に食べかけのアイスが当たったからよかったものの、これがお客さまだったとしたらと思うとアイスを食べなくても背筋がスーッと寒くなり、K子への小言が止まらない私だった。