T子は種子島出身である。

種子島では、高校を出ると就職のため島から出るのが普通らしく、T子も当然のように大阪での就職が決まり島を出た。30年前の事である。

いまでこそ種子島に帰る時は飛行機で帰っているが、その頃は島に帰省する時は船で帰るのが一般的だった。

都会で暮らす娘を心配する親を安心させたくて、T子はちょくちょく種子島に帰っていたという。ある年の夏に帰省した時の話だ。

その時は台風が近づいていて海は大荒れだったのだという。船が出るのかどうか心配されたが、結局大荒れの中、船は出た。出たのはいいが、今までに体験したことのないような大揺れだった。酔いやすいT子は、かなり早い段階で我慢できずに海に吐くためにデッキに出てそのまましばらく甲板で外の空気を吸っていた。しかし、さすがに雨風がきつく船の揺れに身の危険を感じて慌てて船内に戻ろうとした

が!さきほど出てきた扉が閉められていたのだ。

正確に言うと船外に出られないように中と外の両方のドアがロープで厳重に縛られていた。

船員もこんな嵐の中わざわざ甲板に出る人間がいるとは夢にも思わなかったのだろう。T子が一人で船に乗っていたのも災いした。荷物も船内に残していたため、トイレに吐きに行ってるのだろうと思われたのかもしれない。いろんな不幸が重なり、誰もT子が船外にいるとは思わないまま嵐の海に乗り出した船の甲板にT子は取り残されたのだった。

T子は柱にしがみつき、何度も何度も頭から波をかぶりながらも種子島まで耐えきった。

種子島の港には娘の帰省を心待ちにしていた両親が迎えにきてくれていたらしいが、乗客の中でT子だけが、全身ずぶぬれでゾンビのような姿で降りてきたのであっけにとられていたという。

笑い話ですんでよかったと思うと同時に、おおらかな時代だなぁと感じた話だった。