総務部といういわゆる庶務担当部署で長年働いてきた私だが、歴代の総務部長はバリバリと仕事をこなす出来る男が多いのに比べて、次に偉いいわゆる秘書課長と呼ばれる人は不思議とのほほんとした人が多かった。

いまでこそパワハラなどと問題になるが、20年ほど前は職場で部長が怒鳴り散らす光景も珍しくなかった。そんな時も秘書課長はフムフムとうなづいてはいても、後で確認するとまったく聞いていなかったりするのだった。

それが秘書課長として絶対に必要な資質なのかと疑ってしまうほど、そのポジションに座る人は総じて良く言えば控えめで、悪く言えば影が薄く目立たなかった。

 

特に私がひそかにムーミン谷のヘンムレンさんと呼んでいた秘書課長はもう定年間近の初老男性で浮世離れ感がハンパなかった。まだ60歳になっていないのに、ものすごいおじいちゃんと会話している感覚になり、失礼だと思いながら何度も確認しなければ不安になるのだった。

そんなヘンムレンさんに一世一代とも言える任務が舞い込んできたことがあった。

支店長が東京に本社に出張に行くことになり、お付きでヘンムレンさんが同行することになったのだ。役職としては抜擢でもなんでもなく、当たり前の人選なのだがヘンムレンさん一人という事に否が応でも不安が募った。東京の出張に必要なものは、総務部全員で揃え、新幹線のチケットやホテルも他の社員が予約した。当日はヘンムレンさんの直属の上司と部下である総務部長と秘書係長が車で送って行き新幹線のホームまで見送るという念の入れようだった。新幹線の中で飲む飲み物や食べ物も買い、出発の時刻がきた。

「いってらっしゃい!気を付けて」と全員で手を振りながら支店長を送り出した。

そう、全員で・・・・。

 

「なんでお前がここにおんねん!」

新幹線が発車したホームで部長の怒号が響き渡った。

ヘンムレンさんはあろうことか自分もホームで支店長を見送ってしまっていたのだ。

もちろん必要なものはすべてヘンムレンさんが携えていた。

すぐに次の新幹線で支店長を追いかけることになったらしいが

「俺はあいつを新幹線に乗せる所までせなあかんかったんか!?小学生でも一人で乗るやろ!まさかホームに残ってるなんて思えへんやろ!いつもの癖でって、新幹線で支店長を見送ることなんて今まで一回もないやろー!」

職場に戻ってきてからも、総務部長は怒りくるっていたが、その話を聞いた私たちは想像をはるかに超えていくヘンムレンさんに大爆笑だった。

 

最近その話を先輩にしたところ

「そやねん。俺も前に二十数人で貸し切りバスで社員旅行に行った時、部長の俺が一番役職的に上のはずやのに高速のパーキングでトイレに行って戻ってきたらバスがおれへんかってん。それこそ秘書課長に電話したら、え?乗ってないんですか?もう高速乗っちゃいましたっていわれてびっくりしたわ。」

と笑っていたので、20年たってもお茶目で憎めない秘書課長の資質は変わっていないのだと感心した。

自分がどんどんその年齢に近づきつつある私は、どうせならその域まで達したいと思うのであった。