前回、鳩を鷲掴みした話を書いたときに昔似たような話があったなと思い出した。

今から十数年前、まだ新婚で職場から一時間半もかかる田舎に住んでいた頃の話だ。

ある夏の日、夜遅くに帰宅した私は、玄関の前でカバンの中から鍵を取り出そうとしていた。

そこへバンと音をたてて、大きな虫がドアにぶつかって落ちた。確かに落ちたと思ったのだが、足元にそれらしい虫が見当たらず私が怖くなって慌てて玄関を開けて家の中に入った。

服を着替えてリビングでくつろごうとしたところ、カバンからブーンブーンと音がしているのに気がついた。てっきりマナーモードにしている携帯が鳴っていると思い、迷わずカバンの中に手をいれ携帯を取り出そうとした。

「!!」

あきらかに携帯とは違うものが手に触れて私はカバンから手を引っ込めた。

そしておそるおそるカバンの中を覗き込んだ。

「キャー!!」

私は悲鳴をあげてその場から飛びのいた。

カバンの中に立派なオスのカブトムシが入っていたのだ。

「なんやねん!急に叫んだらびっくりするやん」

近所迷惑やといわんばりの夫に向かって私は息も絶え絶えに

「カバンの中に!カバンの中にカブトムシが!!」と訴えた。

「お前寝ぼけてるんと違うか?カブトムシがカバンの中に入ってるなんてアホな話があるか?」

といいながら私のカバンを覗き込んだ夫は慌ててまたカバンを閉じた。

「ほんまや」

「なんでカバンを閉じたん!?捕まえてよ!」

私は部屋の隅まで逃げながら叫んだ。

その頃はまだ新婚だったため夫としてのプライドがあったのだろう。

夫は黙ってキッチンに行ったかと思うと、あろうことか割りばしを持ってきてパチンと割った。

まさか・・・・まさか割りばしでカブトムシをはさむつもり!?

昭和男子とも思えぬ暴挙に

「それ無理やろ!なんで割りばしやねん」と私が怒鳴れば

「俺はそもそも虫があかんねん!」と逆切れした。

(これはあかん!)

このまま夫にまかせていたらカブトムシをカバンから出すのはいつになるかわからない。

私は明日もこのカバンで出勤しなければならないのだ!だいたい、定期券もお財布も家の鍵もすべてこのカバンに入ったままなのだから!

「もういい!どいて!」

私は机にあったお菓子の箱をひっくり返して中身を空にしてから、夫が持っていた割りばしをひったくった。

そしてカバンの前に空箱を置いてカバンの中のカブトムシのお尻をそっと割りばしで押した。

カブトムシが動くたび悲鳴を上げながら、私はなんとかカブトムシを箱の中に移すことに成功した。そうだ。あの時も夫はまったくといっていいほど役にたたなかった。このまま添い遂げて大丈夫か?と一瞬疑問に思ったではないか。なのにそんな事件をすっかり忘れてのんきに結婚生活を送ってしまっていた。

やはり頼れるのは自分だ!強く生きていこうと改めて忘れていた教訓をしみじみ噛みしめた私だった。