僕は以前、遍路として、四国を歩いたことがある。
歩くことは数年前から、決めていた。
僕の兄はリンパ癌を患い、生前冗談で
「もし、お前が死んだら三途の川の手前まで見送ってやるよ」
と冗談で話したことがきっかけだ。
兄が他界し、まずは徳島23寺発心の場を歩き、野宿で歩いた。
23からの室戸こえ修行の場に出向いたのは、それから3年後。
本当に沢山の人に出会い、思い出深いことばかりである。
ひとつ気付いたことがある。
最初の遍路の時は、笑うことより、泣くことが多かった。
だけども、二回目の遍路では
ほとんど笑っていたwww
それもおかしなことに、特に2回目は
歩行距離も長く、且つ、修行の場なのに笑っていたのだ。
初日から、気合いを入れて歩行を始めた僕は
東洋大師に到着する直前、足をがっつり挫く。
完璧に「ばきっ!」という音がした。
「やっちゃった。。。」と思いながら
その日は残りの4kmの道のりを
4時間もかかり、夜に東洋大師に到着。
足は完璧にアウト。がしかし、なんか笑えたwww
その次の日、ウルトラスローで室戸をひた歩く。
やっとこさっとこ町に出たときに
ベンチに座って足を確認すると。。。。
やばい。。。完全に変形。。。。
完全に足の軸がずれてました。。。
バス停に座って、こりゃ無理だわさ
と思った瞬間!
どこかで盗んだ?と思わせる
ママチャリに乗った
日焼けした、お遍路を発見!
「なにしてんすかー?」的なかるーいのりで話しかけてくる
「いやいや、足壊してね、今日は宿に泊まろうかと、今手配してバスで向かうとこなんだよね」
みたいな話をしていたら
「おー!俺も宿いきます!」
とかなーりおもろそうなやつでして。
その日は宿で一緒に泊まりました。
それから、足を挫いた話をすると
「そんじゃ自転車貸してあげますよ!」
と進めてくる。
実は彼に出会わなければ
次の日に医者に行って
最悪帰宅となっていたと思う。
今までの経験上、足の腫れが二倍以上の場合は
絶対に安静にしなさい、的なことになる。
「自転車かー。歩きたいんだけど歩けなそーだし借りちゃおうかな?」
と半ば軽く自転車を借りることになり、遍路再開。
ほんとは一日自転車に乗せてもらって
その日に帰る予定だったが
「修行の場」と言われる室戸が
僕にくれた修行と勝手に割り切って、もう無理、と思うまで続けることにした。
無論、最初から、もう無理、の痛さwww
じん帯損傷、骨折などなど、アイスホッケーをやっているときに
すべて経験済みだが
そのすべての経験の中で
もっとも
痛かったwww
そんなこんなでいろんなことをして
いろんな人に会って
自転車から最後は車wwwまで使って
僕の「修行の場」は「痛さの場」だけれど
もっとも笑えた場として幕を閉じた。
オセテックトレーニング社長殿、おっかちゃん
きみらのおかげで室戸を超えられたよ。
今は、左足の変形した足も
何故か最高の思い出です。
人生はまるで遍路のようだ
山を超えると谷があり
谷を下ると海がある。
空から陽が差し、雲が流れ
時折、雨を降らせる。
すべてが人が
「生きている」証拠。
自分だけが生きているのではなく
地球自体が生きているからこそ、
その中で自分が生きさせてもらえている
そんな風に思っちゃったりしました。
という僕はまったくもってして
クリスチャンよりだったりします。
それも
なんちゃってなwww
長くなったので終わり
又、今度、遍路ねた書こう!
ちゃんちゃん