さかのうえ?けい
1965年生まれ。90年東京工業大学理工学研究科機械工学修了。
工学博士(新潟大学)。
同年東海旅客鉄道株式会社入社。
現在、新幹線鉄道事業本部車両部車両課課長として、新幹線車両の設計および開発を担当する。
進化し続ける新幹線「N700A」
1964年の開通以来、人びとの安全かつ快適な移動の足を担ってきた東海道新幹線。当社では東京?新大阪間552?6キロを管轄している。1日の運転本数は300本をこえ、およそ40万人のお客さまに日々ご利用いただいている。
今年の2月、東海道新幹線の新型車両「N700A」が営業運転を開始した。新型車両というと、がらりと変化した姿をイメージされるかもしれないが、見た目は2007年にデビューした「N700系」とほとんど変わらない。車体にある「N700A」のステッカーでかろうじて判別できるぐらいだ。しかしこの「A(Advanced=進化した)」一文字に託した思いは大きい。完成度の高かったN700系に新たに開発した技術を投入し、性能にさらに磨きをかけたのである。
定速走行装置が遅れを回復
われわれが新幹線をつくるうえで何より大切にしてきたのは安全性である。東海道新幹線の最高時速は270キロに達する。超高速で運転しているとき、線路上の標識や信号を確認して操作をしても間に合わない。安全な運行を司っているのが「ATC」とよばれるシステムである。ATCが先行列車との間隔や、車両性能などをもとに最適な速度を計算し、その速度をこえるとブレーキがかかる仕組みになっている。現在ATCはデジタル化され、列車位置や線路状況等多くの情報をより正確に取得できるようになった。
N700Aは新幹線では初搭載となるATC情報を活用した「定速走行制御装置」を備えている。運転台の定速スイッチを押 ナイキ SB
だけで、ATCで取得した情報を先読みして、制限ぎりぎりの速度を保ちながら走行でき、遅れを自動で回復できる。N700Aが「考える新幹線」といわれるゆえんである。
東海道新幹線はもともと遅れが少ないことで知られている。運行1列車あたりの平均遅延時間は0?5分(平成24年度実績)。とはいえ降雪や豪雨、突風といった天候の悪化による遅れの可能性は排除できない。積雪量が多いことで知られる岐阜?滋賀県境の関ヶ原周辺では、冬季に安全のためスピードを落として走行することがよくある。スプリンクラーで線路を湿らせて雪が舞い上がらないよう対策を施しているが、100%ダイヤどおりの運行とまで至っていないのが現状である。
定速走行制御装置を使用する機会はさっそく訪れた。2月8日のデビュー当日、タイミングよくというべきか雪が降りだしたのだ。そこで運転士が定速走行制御装置を使用したところ、難なく遅れを取りもどすことができ、胸をなでおろした。
安全に止める技術を刷新
新幹線初搭載となる機能は定速走行制御装置だけにとどまらない。「台車振動検知システム」もそのひとつである。台車は車両を支えるもっとも重要な装置であり、16両1編成の車両重量は約700トンにおよぶ。万一台車に故障が見つかった場合、専用車両で牽引し本線上から移動して修理をおこなうことになるが、長時間にわたり運行に支障をきたすのは避けられないだろう。そのためいかに軽微な段階で故障を発見できるかがカギになる。
当社の小牧研究施設(愛知県小牧市)には車両の走行状態を再現できる車両走行試験装置があり、さまざまな状況を想定し故障にいたる台車の揺れを徹底的に分析した。乗客数や速度、レールのゆがみの状態などで車両の揺れが変わるため、そういった変動要素を排除し必要なデータのみを抽出するのが研究の肝だった。N700Aの床下には振動センサーが設置されていて、台車の異常を検知すると運転台に表示するようになっている。
南海トラフ地震が頻繁に話題にのぼる昨今、安全かつ速やかに列車を止める技術が求められている。東海道新幹線では地震を感知すると変電所の送電を止め、自動的に非常ブレーキがかかる。N700Aではより強力な「地震ブレーキ」を新たに開発した。それにくわえ、通常時使用するブレーキにも改良をほどこした。あらゆる気象条件のもと、長期にわたる試験走行をおこないデータを収集した。ときには摩擦熱でブレーキディスクが赤く染まるほど強力な負荷をかけたブレーキテストも小牧研究施設で繰り返した。
その結果生まれたのが「中央締結ブレーキディスク」である。強力な制動力で車輪の回転を止めることができ、N700系にくらべブレーキ力が15%向上した。以上述べてきた台車振動検知システムと中央締結ブレーキディスクは、地道な研究により得られた大きな成果だととらえている。
既存車両の改造にも着手
ところで近年デビューした新幹線はもっぱら「鼻」が長い流線型となっている。先頭部分をなだらかな形にすれば、おのずと空気抵抗は少なくなる。ただ従来と同じ車両全長に収める必要があり、先端をむやみに長くすると乗客スペースにしわよせが及んでしまう。N700Aのノーズ部分は10?7メートルあるが、いずれの条件も考慮したぎりぎりの長さといえる。さらに最後方車両になったときの機能も想定してつくった。気流の抜けが乱れると列車が横方向に振られ、乗り心地が悪くなってしまうからである。
新型車両のデビューはあくまで通過点にすぎない。日夜、運行状況を分析して改善策を検討し、新たな技術研究にも取り組んでいる。N700Aには持てる技術をあますところなく注いだため、N700Aに採用した技術の一部を既存のN700系80編成に反映するための改造工事を順次進めていく予定である。新型車両開発と並行し、既存車両を改造するのは当社にとって前代未聞の事業となる。向こう3年間をかけて、N700系もN700Aと同じ「進化した」新幹線に順次リニューアルしていくのだ。