興津思郷               薄井一彰

 

駿河路に祖父は病を癒やさんとたどり着きたり興津の駅に

 

その家は蜜柑畑に囲まれて二階の窓より貨物船見ゆ

 

静岡に汽車で通学する父は旧制中学小さな力士

 

庭の池オタマジャクシがあふれ出る世の厳しさを知らぬごとくに

 

通いしは寺が営む幼稚園甘茶をかける花まつりの日

 

裏山に登りて眺める浄水場祖母が作りし鰹節おにぎり

 

幼稚園で遊びし友の弔いに近くの家へ園児らと行く

 

暑き日はおきつ駅前名物屋アイスモナカの甘く優しく

 

岩場には古風な水着の女たち遠く座礁の大きな船が

 

今はただ遥か記憶にあるばかりふと思い出す興津のむかし

 

銀座短歌N0.42 2018年1月1日 より