銀幕の男優⑨ 笠智衆さん

作品(家族)山田洋次監督


こんばんは。
 

いつもご訪問いただいてありがとうございます。
 

今夜は私の永遠の恋人・・・笠智衆さんの登場の作品。
 

この作品は1970年度の製作。
 

まず1970年と云えば、万博が開催された年ですね。
 

この頃の社会背景、風俗や価値観などとても懐かしくまた
 

しみじみと思い出される感慨がありました。
 

九州は長崎の離島から北海道へと移住する家族をドキュメンタリータッチで追う
 

作品でしたが、万博で賑わう大阪のシーンは
 

当時関西にいたわたしは懐かしく、逆に故郷を去るシーンの・・・伊王島には
 

1980年位か、すでに九州へ越していたわたしは
 

人口も少し減った頃にカメラを片手に訪れた思い出があります。
 

確かお盆休暇の時で帰りの船に乗る時に
 

名古屋の地下街のガス爆発事件のニュースを聞いた記憶があります。
 

西九州の隠れキリシタンの歴史に興味を持って、長崎、熊本を
 

毎週日曜日に訪ね歩いていました・・・とても
 

景色のすばらしい東シナ海沿岸の思い出。
 

ただ訪ねた折には目的の大明寺教会が移築していたことはすでに分かって
 

いたのですが どうしてもその地を見たかった。
 

その旧大明寺教会堂建物は破壊を免れ、明泊村の一番奥の入鹿池を望む
 

静かな高台に安住の地を得て今もひっそりと建っているが
 

それはもう別のものであろう。
 

なぜならそこには長崎の海も空もないからだ。
 

今長崎の この地域が世界遺産への登録申請しているとか
 

ぜひ世界遺産に登録されてほしい、そして皆様もぜひ訪ねていただきたい
 

すばらしい場所です。37年前のひなびた島も素朴でよかったが
 

今はリゾート地と生まれ変わって若者に人気の場所のようです。
 

そんなすばらしい土地を捨てて北海道を目指す家族。
 

石炭産業の衰退により家族の反対を押し切って決断する夫
 

付いていくことを致し方なく決める妻
 

そして年老いた父親と子供と赤子。
 

そんな家族が長崎から博多、下関、広島、大阪、東京、青森・・・と
 

北海道までの列車での旅が描かれます。

この作品の父親役で笠さんは毎日映画コンクールで男優助演賞を受賞されました。
 

笠智衆さんといえばデビューから小津安二郎監督との密接な親交関係。
 

小津さんによって不器用な男性は名優へと成っていかれた方。
 

小津監督亡き後、山田洋次監督と出会って
 

以前の朴訥な笠さんから、御前様のような威厳もあり愛嬌もありの
 

やさしい老俳優へと存在感を益々増していかれました。
 

たくさんの代表作があって選びきれない笠さんだけれど
 

小津作品も黒澤作品も木下作品も紹介済みの中にたっぷりとありますので
 

今夜は敢えて倍賞千恵子さんもいつもより勝気な役どころということもあって
〔家族〕を選びました。

     ストーリー

長崎港から伊王島への船に乗ると
 

長崎湾を東シナ海へ向けて進む途中に
 

東の崖の真上からマリア様が見下ろしている。
 

漁師たちは祈りの始まる教会へ間に合わない時、このマリア様に海上から
 

胸に十字を切るのだそう。
 

その長崎湾から数海里先に、東シナ海の荒波から湾を守るように
 

海上に浮かぶ伊王島がある。
 

民子はこの島に生まれ、貧しい島を出て
 

博多中洲の中華料理店に勤めていた。
 

そんな二十歳の民子を、風見精一は強引に島に連れ戻り、
教会で結婚式を挙げた。
 

クリスチャンである。
 

十年の歳月が流れ、剛、早苗のふたりの子が生まれた。
 

炭坑夫として、精一、力の兄弟を育てた父の源造も、
 

今では孫たちの面倒を見るやさしいじいちゃんだった。

 

精一には若い頃から、このひなびた島を出て、
 

北海道の開拓村に入植して、
 

酪農中心の牧場主になるという夢があった。
 

勤めていた会社が潰れたことを機会に、
 

北海道の開拓村に住む、友人亮太の勧めもあってに北海道への移住を決意するの
 

だった。
 

伊王島の春も桜が開く四月、丘の上にポツンと立つ小さな精一の家から
 

早苗を背負った民子と、剛の手を引く源造、
 

荷物を両手に持った精一が島の波止場に向かっていた。


 

長崎行きの連絡船が、ゆっくり岸を離れ、
 

たくさんのテープが風にゆすられ海に飲み込まれていく。
 

見送りの人たちが小さく小さく視界に点のようになっても、
 

家族はそれぞれの思いをこめて
 

故郷の島、伊王島を瞶めつづけた。
 

長崎駅から博多行 急行列車に乗り込んだ。
 

車窓からの桜の花が美しい。汽車の旅で
 

日常生活から解放され家族は
 

自由な思いが走馬灯のように過去、現在、未来へと
 

民子や、精一、源造の胸中を駆け巡る。
 

生まれて始めての大旅行に、はしゃぎ廻る剛。
 

北九州を過ぎ、関門トンネルをくぐり列車は
 

本土へ。


右手に瀬戸内海、そして徳山の出光石油の大コンビナートが見えてくる。
 

福山駅には弟の力が出迎えていた。
 

久しぶりの再会だった。
 

苛酷な冬と開拓の労苦を老いた源造にだけは負わせたくないと思い、
 

力の家に預けるつもりだった精一だったが、
 

狭い社宅ではとても無理だった。


寝苦しい夜が明け、家族五人はふたたび北海道へ向かって汽車の旅を
 

続ける。
 

やがて汽車は新大阪駅に到着した。
 

乗り換えの時間待ちの間に万博見物に行くことにした。
 

しかし会場での大群集を見て、民子は呆然とし、数日間の溜まった疲労が
 

どっと襲った。結局
 

入口を見ただけで引返し、
 

旅の最後の贅沢に新幹線へと乗り込んだ。
 

東京に着いてから赤ん坊の早苗の容態が急変した。
 

青森行の特急券をダメににして、旅館に泊まり看病するが、
 

早苗のひきつけが激しくなり、何軒も訪ねた最後の救急病院で、
 

すでに手遅れとなっていた早苗は死んでしまうのだった。
 

旅の空の下で死んでいった早苗のそばに少しでも長くいてやりたい民子だったが
 

倹約のためと精一は手早く葬儀の手配をするのだった・
 

教会での葬儀が終え、上野での二日目が暮れようとしていた。
 

なれない長旅の心労と愛児をなくした哀しみが
 

民子、精一、源造の心に重く、暗くのしかかった。
 

北へと上るにつれ車窓の景色は家族の心を映すように、寒々とした風景だった。
 

青函連絡船、室蘭本線、根室本線、
 

そして  銀世界の狩勝峠。

 

いろんなトラブルを重ねながらもなんとか家族の旅はようやく終点
 

中標津に近づいた。
 

駅に着いた家族を出迎えたワゴン車は
 

開拓村に家族を運んでくれた。
 

高校時代の親友、沢亮太との再会、ささやかな歓迎会が家族を包んでくれた。
 

源造は久しぶりの酒に酔い、歌い和やかな顔を見せた。
 

翌朝、残雪の大平原と、
 

遠く白くかすむ阿寒の山並みに、雄大さ、森のしずけさ、
 

誰もいないパノラマに
 

民子と精一は呆然と
 

地平線の先をため息も出ないほど眺めあうばかりだった。
 

夜は更け、ぐっすりと眠った民子が朝方

源造を起こしにいくと
眠るように逝った源造が横たわっていたのだった。
 

早苗と源造の骨は根釧原野に埋葬した。
 

やがて待ちこがれた六月が来た。
 

果てしなく広がる牧草地は一面の新緑におおわれ、
 

放牧の牛たちが・・・・・。
 

民子も精一もすっかり陽焼けして健康そのものだった。
 

名も知らぬ花が咲き乱れる丘の上には
 

大小二つの十字架が立っていた。「ベルナルド風見源造」「マリア風見早苗」。
 

高度成長期の真っ只中、極貧と行かないまでも裕福ではない一家。
 

家族を養っていくためにはいろんな選択肢があるだろうが
 

開拓民となることがいいか悪いか賭けではあるが明日への希望を託してはるか
 

2500キロあまりの旅を経てたどり着いた精一の夢の地。
 

あの頃の時代の生活観がじっくりと伝わってくる好きな作品でした。
 

山田監督は高校時代の恩師のご朋友ということもあり、何かしら親しみを感じます。

 
精一      井川比佐志
民子      倍賞千恵子
源造      笠智衆
弟 力      前田吟
1970年度   松竹作品