『夜の河』・銀幕の男優⑥ 加山雄三さんの父君-上原謙さん 女心がわからない男の不幸・1956年度 | 吐夢の映画日記と日々の雑感

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   女心がわからない男の不幸 
 

 銀幕の男優⑥ 上原謙さん  作品(夜の河)

 

こんばんは。

 

いつもご訪問いただきましてありがとうございます。

 

今夜は戦前から戦後にかけて活躍、大スターの第一号といっても

 

過言ではない男優ーーーー上原謙さん。

 

今 80歳でなお活躍中の加山雄三さんのお父君です。

 

戦前は田中絹代さんと撮った(愛染かつら)が大ヒット。

 

戦後は(三百六十五夜)

 

彼のところへ大監督が次々とオファーがくるようになったのは

 

成瀬監督がメガホンを取った(めし)に出演してからである。

 

美しい妻に無頓着な能無し亭主を 天下の二枚目が 好演したから。

 

(山の音)、(煙突の見える場所)、(晩菊)(夜の河)と

 

1959年くらいまで主役で活躍。この作品はいずれも

 

日本映画史に残る名作でもある。

 

余談ですが、私生活では

 

夫人となった小桜葉子さんと高杉早苗さん(後に歌舞伎の三代目市川団四郎と結婚)の

 

二人が上原謙さんを争ったという話は有名。

 

上原さんが小桜葉子さんと結婚しなかったならば

 

加山雄三さんもまた

 

団四郎の息子市川猿翁も

 

孫の香川照之、四代目市川猿之助もこの世に誕生していなかった。

 

さて、(めし)や(山の音)では身勝手な頼りない男を好演した上原さんが

 

次に挑戦した役どころは、

 

一見紳士然とした学者が独立した女性染色家の心を掴んだが

 

これまた身勝手な男だと化けの皮1がはがれ、愛した女に棄てられてしまう

 

しかもどうして去って行ったか気づかない哀れな男を演じました。

 

 

共演の染色家の山本富士子さんの引き立て役になった。

 

が上原さんにとっても富士子さんにとってもこの作品は代表作となった。

 

 成瀬監督に登場する女性は、

 

 自分の力で生きていくことの出来ない

 

流れに身を任せるようなヒロインが多い。

 

それに比べて、吉村作品に登場するヒロインは

 

 たくましいんですよね。

 

≪安城家の舞踏会≫の原節子演ずるお嬢様も

 

貧乏になることを畏れず、自立しようとしたし、

 

≪偽れる盛装の≫の京さん演ずる芸妓もそうだし、

 

≪西陣の姉妹≫も宮城野由美子もそうだった。

 

 成瀬の≪浮雲≫のヒロインや、≪妻として女として≫、

 

≪女が階段を上るとき≫のヒロインはすべて男に頼らないと

 

生きていけない、流れに身を任せる女だった。

 

 女のたくましさを描くということはまだ、当時としては

 

自立するという考えを持つ女性は

 

 ほんの一握りの女性だけであったから、独立した職業婦人のヒロインの登場は

 

 非常に先見の明があったということだろう。

 

だから、女性が見て非常に共感を呼ぶが、殿方はどうだろう?

 

 可愛くないし、ラストの別れは何でそうなるの?

 

   という考えの方が多いのでは?と思うのである。

 

 今日紹介する≪夜の河≫、吉村監督の作品は

 

 恋愛映画なんですが・・・・

 

恐らく、安手の小型メロドラマを連想するかもしれません。

 

ところが、ところが実にアジのある、

 

 小気味の良い作品なのである。

 

封切りの年1956年の

 

キネマ旬報ベストテンでは堂々2位にランキングされています。

 

富士子さんの役どころは

 

たくましい女性には違いないが、それまでの叩きつけるような

 

 パンチの効いた吉村作品ではない。

 

そして    たくましくない男の  話でもある。

 

 

 男と女のありようを本当に描くことがどれだけ難しいか、

 

 他の作品を観れば分る。が、この作品は、
     
     何万,何十万ある作品の中での
       
      恋物語の傑作の一本なのである。

 

 

これこそ何の変哲もないストーリーなのであるが、

 

カラー映画とはこういうものだ!・・・・と、

 

またまた、宮川一夫のカメラで吉村監督と組んでのお仕事です。

 

そして女のしっかりとした生き方を描いてすばらしい。

 

そして上原さんはただの二枚目に終わらない野暮な男の新境地を開拓したのである。

 

 


    では、ストーリーを....

 

京都堀川、京染めの丸山は五十年来の老舗である。

 

 父次朗(東野英次郎)はすでに70歳の老境、若い妻みつと

 

先妻の娘のきわ(山本富士子)、

 

その妹美代(小野道子)と暮らしている。


きわが今は一家の大黒柱のようなものだ。

 

ろうけつ染の腕はすでに父をしのいでおり、

 

 何とかその道で一家を成したいと願っていた。

 青春に背を向けて、
 

染め一筋に励んだことをわびしく思うこともあったし、

 

 人並みに恋してみたかったと思わぬでもなかった。

 

 妹の新婚旅行を京都駅に見送った帰りに、

 

 以前から彼女に好意を寄せている画学生の

 

岡本(川崎敬三)の絵の展覧会場を訪ねた。

 

 絵のモデルはきわであった。

 

きわの彩りはそのくらいのものだった。

 

きわは四条河原町あたりに自分の店を出したいと思っていたが、

 

それを知った、呉服屋近江屋の計らいでそれが実現した。

 

 

この男もきわの美貌に惹かれるひとりであった。

 

   春....
きわは染めのデザインの構想の為、カメラ片手に古都奈良を
訪ねた。
 

、唐招提寺で偶然会った親娘と知り合いになった。

 

すると、父親...阪大の教授で竹村(上原 謙)のネクタイと

 

 きわの提げている袋の柄が同じ事に気付いた。

 

もちろん,きわの作品だった。

 

 娘はきわに羨望の眼差しを向け、楽しい一日となった。

 

きわは何故か心が弾むのを押さえきれなかった...

 

それから、竹村は京都の学会などに来るたびに、

 

 堀川のきわの家に

 

彼女の作品を見に寄るようになった。

 

そのうち近江屋の斡旋もあって、東京のデパート進出も決めた。

 

 東京での展示会へは近江屋を含む関係者と列車に乗り込んだ。

 

 列車の食堂車でまた、偶然竹村と出合った。

 

 作品のことなどうれしくてきわはお喋りを続けたが、

 

 時々ふっと見せる竹村の淋しそうな表情に

 

気付かぬきわではなかった。

 

 聞けば、妻は不治の病で入院しているそうな。

 

きわはいつしか竹村に恋焦がれるようになった。

 

 竹村も何時しか...

 

近江屋は下心があったが、

 

 東京の宿で,体よくすっぽかされた事を根に持ち、

 

 京都の業界の集まりで泥酔してきわを

 

笑いものにしようとしたが、

 

そんなことで傷つく弱いきわではなかった。

 

 祇園祭の夜、岡山の大学へ転任になるという竹村ときわは....

 

きわの幼馴染みのせつ子の営む旅館で、

 

 

ふたりは最初の夜を迎えた..

 

こうなってしまっても、きわは竹村の妻から彼を

 

奪おうという気持ちはさらさらなかった。

 

ただただ、誠実さだけでよかったのだ。

 

 別れなければならないと、思いつつ、気持ちは募るばかりのきわ。

 

そんな悩みを抱いたまま、紀州白浜で逢瀬を重ねた。

 

    ”もう少しの辛抱なんだ!”

 

         ”??”きわはその言葉を疑った。

 

どうしてそんなことを言うの?  と思った。

   

ーーまるで、妻の死を待っているかのようなその言葉に

 

    この瞬間  恐らくきわは愛が覚めたと思うのである。ーー

 

 

竹村の妻の危篤が知らされたのはその時だった。

 

 竹村はあわただしく帰って行った。

 

 竹村の妻の告別式にきわも喪服に身を包み、焼香した。

 

あれから竹村はきわにすぐではないが結婚をしようと

 

仄めかしたが、きわは男の身勝手さに自分の心のなかに

 

竹村との強い別離の線が敷かれたことを

 

感ぜずにはいられなかった。

 

きっぱりと別れを告げた。

 

   男は”何故だ?”と言うばかりで、

 

きわの受けた傷にはとうとう気付かぬままだった。

 

 理解できなかったのだ。

 

すべての女は好きな男との結婚を願っているというのか・・・

 

 

自宅の二階で染め糸を干しながら堀川の通りを見下ろし、

 

メーデーの行進の潮騒のような響きを聞きながら、

 

””さあー京染めの伝統に身を置いて、

 

しっかりと生きていこうと決めた。””

 

黒い甍の重なる京都の町にはメーデーの真っ赤な旗が

 

揺れ動いているのが目に映った.....

 

ーーーーーー

 

 さて、さて、きわの生き方,すばらしいですね。

 

 腕があるから別れて生きられるのよ.....ではなくて、

 

 愛した男が世間にいる身勝手な男のひとりだった事への

 

失望。

 

 結婚してくれるんだからいいじゃない?

 

そうではないんですね。

 

もし、妻がずっと生きていたとしても、

 

 彼女はほんのつかの間、

 

 自分を幸せにしてくれる竹村でよかったのね。

 

その中で別れなければならないという悩みは

 

 当然、出てくるでしょう。

 

だけど、じゃあ妻が健康体だったとして,

 

 彼は妻と離婚してきわと結婚する勇気があったかどうか。

 

そうじゃないと思う。

 

きわは、彼の妻が死んでからも今までの関係で良いと思ったと

 

思うのです。

 

 悩みながらも男が誠実を示してくれたら。

 

それはなにも結婚という形でなくても良かったのだ。

 

 先のことは分らないにしても

 

  ”もうすぐの辛抱だから”と言う言葉は絶対に

 

口にすべき言葉ではなかった。

 

 妻の存在をそんな風に思うことは許せないきわでもあった。

 

その機微がすごく伝わってくるんですよね。

 

この凛とした愛への姿勢がすばらしいのです。

 

上原さん・・・・顔立ち整いすぎの二枚目が

 

ある意味身勝手なおとこ いやあな男を演じてホントに うまいです。

 

一番大事なところを理解していなかった哀れな男ですよ。

 

恋愛する資格なし。

 


それと戻りますが、

 

きわと竹村が祇園祭りの夜に

 

結ばれるシーンがすばらしいのです。

 

 窓から見える大文字焼きの赤い炎が部屋いっぱいに映えて、

 

ふたりの心を燃やし、きわの切れ長の美しい瞳に

 

大文字の炎が映る....

 

カラーの持つ力を最大限に生かしたすばらしいラブシーンです。

 

 結ばれる前にきわが檜の湯船に浸かり、

 

 外で薪をくべるセツ子が言うの。

 

”きわちゃん、もっともっと燃やすえー”と

 

 きわの恋を

 

 しっかりと、応援しているんですね。
 

情緒があってこのお風呂のシーンが一番好きですね。

 

 田中澄江のシナリオが全編素敵です。

 

 富士子さんのお着物も今見てもすごく新鮮な装いですてき。

 

 懐かしい柄行。

 

 着こなしは衿を抜かずにしゃきっと着ているので

 

 なお、凛として映ります。

 

いつも責めに責める映画つくり、

 

ケレン味たっぷりの吉村監督が

 

 こんな情緒豊かな映画を作るとは,最初に観たときに、

 

かって見たことない作品だとびっくりしました。

 

でもヒロインがしっかりと

 

自立した考えを持っているのは

 

 どの作品にも共通していますね。

 

 成瀬監督の≪浮雲≫と対角線にある恋愛作品だと思います。

 

これも観る機会は来ると思いますので、ぜひ

 

覚えておいて欲しい作品です。

 

吉村監督作品、

 

≪越前竹人形≫も読んでくださいね。

 

 昭和31年度 大映作品

 監督  吉村公三郎
 脚本  田中澄江
 撮影  宮川一夫

 出演   山本富士子
      上原  謙
      川崎敬三
      市川和子