『黙って抱いて』・ドロンさんとベルモンドのベビーギャングが暴れる・・・1957年度作品仏 | 吐夢の映画日記と日々の雑感

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戦前のフランス映画が大好きです。
基本、鑑賞後の感想ですのでネタバレが殆どです。
ご了承くださりませ。




《黙って抱いて》


≪女が事件にからむ時≫でデビューしたアラン.ドロン。
この作品は日本未公開。

実質上の日本でのデビューは
≪黙って抱いて≫だろうと思います。

この作品では主演ではないが、
ジャン.ポール.ベルモンドと一緒に
ベビー.ギャングに扮して活躍している。

作品としてはサスペンスコメデイといったところか・

アランの作品の中でも
大好きな作品10本のうちの一本である
  ≪生きる歓び≫の笑いにも通じる。
フランス映画のよき時代(舞台はローマですが)の
エスプリが感じられる。

主軸は当時人気絶頂だったミレーヌ.ドモンジョと
アンリ.ヴイルダの恋物語と宝石強盗との絡み、

そして何も知らずに密輸品のカメラを国境まで運ぶ
ベビーギャングのアランとジャン.ポールの
絡みで構成されています。

 


感化院を出たり入ったりしている女の子ドモンジョが
刑事ジャンと愛し合うようになる中で
彼女が宝石強盗に関わりがあるのかどうか
迷いながらも
事件解決に向けて彼女との愛を失うことなく頑張る。

 



何も知らないベビーギャング《アランとジャン.ポール》が 運ぶ密輸品のカメラの中に
盗まれたエメラルドが
隠されており、
それを巡ってのてんやわんやの騒動である。

わたしは、ストーリーもさることながら、
アラン様とジャン.ポールの
登場場面での
感慨にふけってみておりました.

いつも4人が落ち合う喫茶店の電話ボックスで


恋人からの電話を受ける時に、

ジャン.ポールとアランが頬を寄せ合って
電話を聞くシーンでのこと。


ボルサリーノや引退作品のハーフ.ア.チャンスを
重ね合わせ、振り返り、
再度見たこの作品で、
58年前にこの二人がここで一緒に出発したんだな!
という感慨です.。

電話口で頬を寄せてのシーンは、ボルサリーノで
ふたり力を合せて敵に立ち向かった事を逆彷彿させ、

引退作、ハーフ.ア.チャンスで
アランが
   ”あいつの得意技さ”と言って、
ヘリからロープを降ろし、
ジャンポールが、
走る車からロープを掴んで
よじ登るシーンを思い出す。

この≪黙って抱いて≫のなかで
こそこそと動き回るふたりが
この年頃の青年が一時期やる悪さを共有し、
ずっと少年のままで
ハーフ.ア.チャンスを見せてくれたことに
お礼を言いたいのです。

 



刑事とドモンジョが会っているところに、
ジャンポールがオートバイを乗り付け、
その前でわざと転倒し、
ドモンジョにメモを渡すシーンは
その後の彼のキャラクターの原点だと
嬉しくなり、

アランはといえば、
アクション場面での間抜けぶりが
その後の彼の作品のちょっと抜けたキャラクターに
通じるものがあって、これも嬉しくなってしまった。


ただの役者だったら、このような悪ガキも
それだけで終わってしまうが、
この作品ですでに只者ではない頭の切れを
感じさせる悪ガキのふたり。

スター性をすでに予感させるものがあります。

行動的なアンちゃんのアラン。
ヌーボーとしたアンちゃんのジャン.ポール。

役者としての原点が≪若者のすべて≫であり、
スターとしての原点が,≪太陽がいっぱい≫であるとするなら、

この作品はそれらを予想させる原点の作品であると思います。


                 

1957年度作品

監督 マルク・アレグレ
脚本 マルク・アレグレ
脚色にロジェ.バディムが
参加してるんですね。