鮫ヶ尾城
続100名城24城目は新潟県の鮫ヶ尾城です。GW後半に初めての新潟県の旅だったんですが、北に海、南に山という、太平洋側に住んでいる時間が長い者にとっては不思議な景色が広がっていました。鮫ヶ尾城というのは、甲斐の武田・武蔵の北条と三つ巴状態で争っていた上杉謙信のお城になります。武田家とは5回に渡る川中島の戦いを行い、北条家とは小競り合いを繰り返しているうちに、尾張の織田信長が一気に京へと進行し力をつけてしまいます。こんなことをしていては織田家にやられてしまうと判断した上杉謙信は、武田・北条との争いを止め、対織田家へと方針を転換します。そこで、上杉謙信の姉の娘に当時北条家の大名だった北条氏康の息子を婿として迎え入れます。名前を上杉景虎と改め、子供の居なかった上杉謙信の養子となります。イコール北条家から人質を得た形となります。一方で、その上杉謙信の姉の息子・上杉景勝も同様に上杉謙信の養子となります。満を持して、どちらが謙信の後継者になってもおかしくないような両者へと育て上げるのですが、残念ながら謙信は後継者を指名することなく、脳卒中で急死してしまいます。そうなると必然的に起きてしまうのは、上杉家の後継者争い。景虎派と景勝派に別れ、激しく国内紛争へと陥ってしまいます。その舞台となったのがこの鮫ヶ尾城です。山城なので、尾根を断ち切る長い堀切を設け戦いに備えた跡が垣間見えます。結果は、景虎がここ鮫ヶ尾城で自刃し、上杉家は景勝が継ぐこととなります。上杉景勝は豊臣政権下では「五大老」として一躍するも、関ケ原の戦いのきっかけを作り、徳川家康に越後から米沢へのお国替えを喰らってしまいます。そんな上杉家の転換期に存在したお城がこの鮫ヶ尾城になります。