余り喋らない小さなちょっとブサイクなおじさんと、母との間に産まれた弟と、私と妹のはたから見たら
普通の五人家族の生活が始まりました。

小さいおじさんのことは、お父さんとは
呼べず、あだ名で呼んでいました。
言葉を覚え始めた弟は、私達と同じように おじさんを あだ名で呼んで 怒られてました。とても理不尽で子供ながらに あまり 触れてはいけないと悟ったらしく、
それ以来 言わなくなりました。
中二の夏から 当時の王道のように 家庭環境の複雑を 理由にヤンキーデビューしました。
(当時流行った漫画ホットロードに憧れて)無意味に人を傷つけ悶々とする毎日を送っていました。
その頃にお世話になった先生には、本当にご迷惑をおかけしました。
いつも正面から向き合って けして頭ごなしに否定せず、私の将来を いい方向に、導いてくれた 保健の先生にとても感謝しています。
このまま 進学してもきっと中退して、うだつの上がらない将来になるだろう…
と 思い病院で働きながら、看護学校に通い しかも学費も 病院で卒業後二年間働けば、免除になるという 進路があると、保健の先生から聞き
私は、その道を選びました。SecondFatherに高校まで 面倒を見てもらうのは、なんだかとてもイヤで
早く大人の仲間入りがしたかったからです。
でも 自分の不幸に酔いしれて 悲劇のヒロインぶってる私は、働くこと 大人になることの 厳しさを まだまだ甘く見てました。
これからが、本番でした。
私が、小学校に上がった頃 母は父と離婚をしたようでした。

父は、お勤め中だったので お勤め後の身元引き受け人を 祖父母に お願いしたいと懇願する 手紙を 何度も送って来ていました。

私が、二年生になると、小柄な 余り喋らない ちょっとブサイクなおじさんが、頻回に家へ遊びに来るようになりました。

ある日 母が、引っ越しを すると 新しいお家を 建てて 小さいおじさんが、お父さんになると、そして赤ちゃんが生まれると
突然言いました。
子供ながらに 戸惑った記憶があります。
でも 赤ちゃんが生まれるのは、とても待ちどうしく 嬉しかったです。
祖父母の家の裏に母と小さいおじさんは、小さい平屋の家を
建てました。
母のお腹は、日に日に大きくなっていきました。
私が、三年生に なった 秋に、弟が生まれました。とてもかわいく いい匂いがしたことを 覚えています。
小学校に上がる半年程前 母は突然帰って来ました。しばらく
してから 妹と三人で小さな町の借家に住み生活が始まりました。

学校から 帰って来るといつも家には、
男の人がいました。
近所のスーパーのオーナー 峰というタバコを吸っていた おじいさん、いかにもと
いう容姿のパンチパーマで片方の小指がなく、ある方の小指の爪だけがやたら長い男 (後にこの男が、私を今も苦しめる人間のカス…)
さまざまな男達が、来ていました。
母は、当時ホステスをしていました。