ビジネスのシーンでもよく使われる「ご縁」という言葉。
丁寧で相手と繋がりたい気持ちが伝わる。
素敵な言葉でもあるが、苦しい言葉でもある。
将来を見据えて始めた転職活動。
一生懸命考えた志望動機と自己PRを履歴書に書いた。
「ご縁がありましたら…」
ここでのご縁を信じて、提出した。
面接でも「ご縁がありましたら」
何度も口にしながら、期待を胸に面接に挑んだ。
「今回はご縁がなかったものとして…」
これで何回目だろう。
見飽きた、聞き飽きた、聞きたくない。
見るたび、聞くたび自分の存在価値をそぎ落とされていった。
相手は何にも悪くない。ただ、最大限相手に気を遣いながら離れただけだから。
人生には人との別れはたくさんある。
その相手が自分にとってどんな存在なのかは人それぞれ。
たった数回会っただけなのに、「あなたとはご縁がありませんでした。」といって離れていく。
あなたに私の何が分かったんですか?
そう言いたいけど、数回で相手に自分を分からせなきゃいけない。
それが社会の第一歩だなんて、よく考えてみたら、不思議な世界だ。
でも、違うところの「ご縁」が繋がった。
何度も会って話をして私をわかってくれている人から。
そぎ落とされた自分の存在価値が再び拾われた。
拾い切れていない部分もあるが、それはこれから自分自身で拾っていけばいい。
「ご縁」は人を強くする。
繋がりを信じて、これからも進んでいきたい。
私の人生の中で一番好きな本。
"本日は、お日柄もよく"
この本の中には温かく、人生の一歩を後押ししてくれる言葉たちがたくさん詰まっている。
「困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。
三時間後の君、涙がとまっている。
二十四時間後の君、涙は乾いている。
二日後の君、顔を上げている。
三日後の君、歩き出している。」
人生は色んな事がある。それは人によって様々。
ある時は、「神様ありがとう」と言い、
ある時は、「神様はいじわるだ」と言う。
そんなこといってもしょうがないことくらいわかっている。
自分でどうにかしないといけない。
だから、時間がたつにつれて、どうにかみんな動き出している。
でも、そこには必ず誰かはいてくれる。
1人ではない。そんな小さな幸せを感じられれば、未来はきっと明るい。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
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小さい頃、何回も聞いていたこの言葉が
今になって重くのしかかってくる。
家族のため、友達のため、仲間のために生まれてきた。
これは誰しもが想っていること。
じゃあ、自分は?
「周りの人」で考えるのではなく、「自分」として考えたとき
私はなんのために生まれてきたのか
なにをして生きるのか
この言葉が重く、深い言葉だからこそ考えすぎてしまう
でも考えすぎなくてもいいかもしれない
上ばかり見上げているからわからない
答えは意外にも下にあるかもしれないから
心で「こうなる」と決めたとき、頭には3つの道が浮かぶ。
・真っ直ぐ伸びる道
・ぐるっと大きく曲がる道
・行き止まりの道
どの道をいったとしても、それは正解である。
なぜなら、自分で決めた道だから。
真っ直ぐ伸びる道なら、ひたすら真っ直ぐ進めばいい。ぐるっと大きく曲がる道には、意外な発見があるかもしれない。たとえ行き止まりでも、来た道を戻ればいい。そして、またどの道にするか考えればいい。
人には色んな選択肢があって、全て自分で選んだ道は、その時の正解。自分の選択に不正解はない。だって、答えは自分がよく知ってるから。
問題を解くときには、コツがいる。
方程式を使って解いたり、文章から読み取ったり。分からなくて、勘で答えを出すなんてこともある。
でも、人生の正解にはその勘が意外と必要だったりするかもしれない。
