バレーボール選手
先生
役者
グランドスタッフ

一言で自分の仕事を言えるのに、憧れていた。必死に何者かになろうと探してきたが、もう疲れてしまった。

これからの人生、自分に必要なものは何?
一人でいいから、これから先も一緒にいてくれる人がいれば、もうそれだけでいいんだ。

それ以外はもういらない。
お金も安定してもらいたい。
休みも欲しい。
ゆっくり、自分のペースで暮らしたい。

この数ヶ月、ふと思ったことをメモした。

誰かに問いかけるように、自分にも問いかけるように。


猛暑の中、工事現場で働く人

汗をかきながら、手を怪我しながら、一所懸命掃除をする人

疲れ果てて仕事から帰ってきた時、窓越しに見えた夜中に働く人たち

そんな姿を見たら、何故か胸が苦しくなった

私も頑張らないと、と。


子供の頃、手が濡れたらズボンで拭いてた

大人になって、それは良くないと辞めた。

けど、たまには拭いても良いよね。手の跡が残るように。


2日間休んだ時の不安

本当はこんな気持ちになんてなっちゃいけないのに。責任感強いって言われるけど、周囲がないから、自分が感じないといけないんだと思う。ちょっとくらい、感じようよ。


ぷつっと頭のなかに響いた。

今切れたな。気持ちが下がっていくのがわかる。私が弱いのかな。ダメなのかな。

そんなことはないと思うけど、周りを責める器でもない。どうすればいい、この気持ちは。どこにぶつけるのが正解なの。

「優しい人が苦しんでいる姿を見るのは、こんなにもつらいものなんだ」と、初めて思った出来事がある。

高校を卒業して入社した会社で、ひときわ印象に残っている人がいた。
通勤に2時間近くかけながら、いつも私より早く出社している人だった。

その人の「おはようございます」という一言は、どこか温かくて、朝の少し重たい気持ちをやわらかくしてくれた。

営業の仕事をしていたその人が、ある日ミスをした。
上司から厳しく注意を受け、取引先にも電話越しに何度も頭を下げていた。

夜7時を過ぎても席に残り、仕事を続けていた。
その日、何時に帰ったのかはわからない。

それでも翌朝、いつも通り早く出社し、何事もなかったかのように仕事をしていた。

その姿を見て、胸が苦しくなった。
優しくて、いつも周りに気を配っている人が、苦しそうにしている。
それをただ見ていることしかできない自分が、どうしようもなく嫌だった。

あの頃の私は、自分のことで精一杯だった。
周りに目を向ける余裕なんてないと思っていたけど、本当は違ったのかもしれない。
ただ、向き合うことから逃げていただけだった。

この出来事をきっかけに、困っている人を見ると放っておけなくなった。
大したことはできなくても、せめて少しでも力になりたい。
そう思うようになった。

あのとき、言葉にすることはなかったけれど、
「誰かの心を少しでも軽くできる人になりたい」と、静かに思っていた気がする。

今の高校生は何を考えているのだろうか。

私が高校生だったとき、何を考えていただろうか。恐らく考えてるようで考えていなかったと思う。

今の高校生も。

先生になって思った。先生の思いは生徒に伝わっているようで、伝わってない。

言いたいことはわかるし、理解はしてるけど動けない。まだ大丈夫だと思って。

先生もそう。まだ高校生、10代だから大丈夫、そう思っていると思う。

でも、一つだけ大きく違うことがある。

それは、「大丈夫」という言葉の重量。


生徒の「大丈夫」は重いけど、まだ片手で持ち上げられるくらい。

先生の「大丈夫」は重いけど、片手では持ち上げられない。両手で力一杯あげられるかどうか。


この重さの違いを均等にすることが教師の役割なのかもしれない。

雲がかっていた空から、

優しい日差しが差し込んできた。


まだ光は弱い。

冬の空のように。

でも、どこか前向きで、必死で。

未来を照らしているようだ。


これから空気が暖かくなり、

力強い日差しが降り注ぐ。


その空気と日差しを味方に

上を向き、前に進んでいきたい。