加賀 済々 -23ページ目

加賀 済々

一応、社長ブログなのです。

どちらかといえば、ポジティブな性格と思います。


あっさりポジティブに伝えればいいのに、ネガティブな話からポジティブな話に導く間に、話を変えられる事がしばしばあります。


自分でも何が言いたいのかわからなる事もあり、話が最後まで行かないうちに途切れると誤解されます。

まずはポジティブな会だけをするように心がけたいと思います。



先日デパートの地下の食品売り場で、パインやトマト、イチゴにプルーンなどなどの試食品を次々と試食しているうちに、そのまま立ち去るわけにいかない空気感が漂い、結局1粒100円相当もするプルーンを10粒買う羽目になりました。ではなく、とても美味しかったので自らの意志で買いました。実は100g525円を一袋525円と勘違いしたのです。

帰宅して食べてみると中に大きな種が入っていました。以前、梅干の種が食べられるという話をネットで読んだので、もしかしてプルーンの種も食べられるのでは?と、齧ってみましたが、硬くて歯が立ちません。


それで包丁の刃の反対側で叩いてみると硬い部分が割れて、中からもう一つのかわいい種が出てきました。


そっと齧ると、いい香りがして何とも言えない美味でした。



今朝も一粒食べて、種を割ろうとしたのですが、起きたばっかりで寝ぼけているのか、包丁がなかなか命中しません。


床に落ちたり、流しに飛んだり、水切りカゴの後ろに飛んで行ったり、あちこち追い掛け回してやっと食べる事ができました。



加賀 済々




倶利伽羅峠の落ち武者が潜んでいそうな山間をしばらく行くと源平トンネルがあり、そこを抜けてしばらく行くと一気に視界が開けて立山連峰が真正面に見えてきます。


今も昔も変わらないこの山の姿を、昔の人達も同じように見ていたと思います。
交通の不便だった昔々ですから、今の何倍にも増して感動したことでしょう。


それから立山連峰をほぼ正面に見ながら、庄川と神通川を越えて富山市に向いました。


一つ川を渡る毎に、一気に山並が間近に迫って見える気がしました。





野口英世の伝記を読んだ人は多いと思いますが、高峰譲吉の業績を知っている日本人は少ないのではないでしょうか。
斯く云う私も、数年前まで全くと言っていいほど知りませんでした。

科学者でありながら実業家でもあり、富山県の高岡市で生まれ、金沢市で子供時代を過ごし北陸には縁の深い人です。

彫刻家の川村吾蔵という人も昨晩の飯沼信子さんのお話で初めて知りました。

飯沼信子さんは、国際的に活躍した日本人をもっと沢山の人に知ってもらうために、調査をして本を書いたり講演活動をされている、アメリカに住んでおられる作家です。(ご存知の方も多いと思いますが)

異国で暮らすご苦労や、国際的な視野から、母国日本に対する格別の想いがあるように感じました。

野口英世と高峰譲吉の妻はアメリカ人で、高峰譲吉ご夫婦は記録に残されている中では初めての国際結婚だったそうです。

飯沼信子さんは、日本人の夫を支えた青い目をした山内一豊の妻、のお話しも書いておられます。 
著書「高峰譲吉とその妻」「野口英世の妻」(新人物往来社)