
土曜日に日本文化センター所長で、環境考古学者の安田喜憲先生のお話を根上の学習センターで伺いました。
演題は「霊峰白山と能美地域」でした。
山に祈る縄文人の土偶が見つかった事から、日本人の山岳信仰はなんと縄文時代からといわれているそうです。
13000年もの間、自然を大切にして平和に暮らしていた縄文時代は、決して文化水準が低かったわけではなく、縄文土器の細やかな手の込んだ装飾は素晴らしいものでした。
伊勢神宮は20年毎に屋根を新しくするのですが、決して前のより大きくしてはならない、全く同じものを作りなさいという決まりを作ったは天武天皇で、明治維新まで続いていた肉食を禁じた天皇でもあるそうです。
人間って右肩上がりをしたくなる習性があるのだけれど、持続可能な社会を維持して行くには、同じ事を続けていく事のほうがむしろ意味のあると今はわかってきたようですが、明治になるまでの日本の社会はそうだったのです。
それがなぜできたかというと、それは自然に神が宿るという日本人の自然への信仰心から自然を大切にしたからです。
その代表格が白山と熊野の山岳信仰なんだそうです。
欧米の文明の発達は自然の破壊によって進められましたよね。今それがアジアやアフリカなどにも広がりつつあります。
自然の中に神が宿ると考える信仰心を持っていれば、宗教が元になるような、そして自然を破壊するような戦争は起こりようがないですし、人間だって動物だって自然の一部ですから、お互いに尊重し合えます。
それに自然破壊に繋がるような文明の発達も起こらないと思います。
先生のお話、まだまだ沢山ありましたが長くなりますので、続きはまたいつか書きます。
その意味を世界中の人に知って貰う為にも白山は世界遺産になってほしいと思いました。