いろいろおもふ -2ページ目

いろいろおもふ

とある会社に勤め、いろいろおもふ
じんせいン十年生きてきて、いろいろおもふ
良いことも悪いことも、いろいろおもふ
自分だからおもふこと
いろいろ

伊坂幸太郎著 ホワイトラビットの一節

 

正直、本の内容は忘れてしまった

確実に惰性で読み続けているので記憶に残っていない

 

でも

この一節に潜んでいる意味深さに

釘付けになったのは覚えている

 

描かれた絵も

描こうとした気持ちも

その意味も

考えて理解できるものではないけれど

だれもが

このような絵のひとつやふたつ

あるいはそれ以上を

胸に押し抱くことを経験しているのではなかろうか

 

後々

できれば思い出すことのないように

さりとてなかったことにはできないものを

白いキャンバスに描くのだ

 

何も残っていない

けれど

確実に絵筆は描いただろうものは

そこに残る

 

矛盾の成す物語だ

 

今日は一日中雨模様の様子

と、週間の天気予報を除くとずっと雨がぐずっている

個人的に雨は嫌いではないので

しばし雨とともにの気分で

 

今だ在宅勤務は続く

私にとってはありがたし

週1か2くらいの出勤が助かるのだが

これからどうなるだろう

若干緩みすぎるのがなんだが、取り決めた分を作り出すことで

帳尻を合わせる

一応自分の中で良しとできる

 

窓からの風景も五か月の観測期間を経た

こんなに長くなるなんて予想もしていなかった

己の海野強さを思い知る

これでは宝くじは当たらないな

 

人生はプラスマイナスゼロで終わる

というのが持論である

今の自分はゼロよりちょい上くらい

だから宝くじまで当たってはいけないのだ

いや

当たってほしいですけどね

少しだけさみしい気持ちになる

だからリアリティがある

現実味に濃い話は

自分に重なりやすく

さみしさとやりきれなさが

どうにもぬぐえない

 

短編の中に実存しそうな主人公がいる

頭が良かったから都会に出て胸を張れるような会社に就職して

親はそれを自慢に思う

けれど年老いて心がか細くなると自慢の息子は自慢だった息子になる

優秀ではないけれど地元に残って親元での生活を選んだ息子が

孝行息子になる

今度は指をくわえてじっとその話に相槌を打つ

 

転校先はそれまでの街にくらべるべくもない田舎で

おまけに父親の左遷を伴う転校に希望など持てるはずもない

でも一番多感で友人との接点が必要な少女時代

葛藤と葛藤と葛藤

きっかけは胸に苦しい状況だったけれど

結果オーライ

 

同じ経験ではないけれど
どうにも自分のことだったのではないだろうか

そう思わせられる

だから読むのにちょっとだけ勇気が必要になる

 

ちょっと古い時代設定からほぼほぼ現在までの人生模様をオムニバスに描いている

群さんの軽快な文章が心地よく、読み進めるに暇(いとま)がない

3人目のエピソードを読んでいるところだが、女性が社会へ拡散していく時代に

女性達がいかに葛藤したか迷ったかでもしっかりと時にゆるゆると歩を進めたのか

そのような背景がうっすらと滲んでいるような気がした

彼女たちがいたから社会は変貌し、今も変化し続けられている

のかもしれない

進化とも退化とも言えない変化

時代じだいで進化と評され

退化と非難され

きっとそのようなものなのだ

人が人を評価することなどは

自分が信じたならそれで良いと思うしかない

 


まっつぐってことだよ まっつぐ

人には全く迷惑かけてない

まっつぐ生きた

で、俺もそれだよ

恋に溺れた際の描写としては胸苦しいほどにハマるのではないだろうか

少なくとも当人は何を言われているのかわかるはずもなく

周囲が霞んだ世界でどっぷりと何かに浸かっている状態

夢中だ

 

後にならないと客観性は戻らない

主観と主観と主観しかない

一種狂気とも言えないだろうか

そんな時代が誰にでも起こりうる

 

何も若者だけが熱病に浮かされるわけでもなく

老いらくの恋ほどやっかいなものもない

 

冷静は情熱に勝るが

冷静は情熱を御せず

 

確かに

程よい風の温度と太陽が照れば

そとで命の洗濯をしたくなる気持ちは

わからないではない

でも

洗濯できる命がなくなっては元も子もない

命あっての物種である

ちなみに

高校生くらいまで

命あっての物だねぇ~

だと思っていたが

なにか?

 

今地震があった

最近多いように感じる

この上に自然災害が重なったら

日本は。。。

 

 

春の霞んだ感じを含んだ外の景色は

それだけを見れば平和だ

中身はとんでもなく混とんとした様子だが

見た目にはおだやか

 

何も変わらない

全く制御下にない

この状況をどう見るか

 

やはり世界は淘汰されるのだとしか思えなくなるのだ

それも

自ら淘汰を選択しているようだ

 

地球上の人口が増え過ぎた結果

自然界の淘汰を発生させた

可能性として

この状況は人類が自ら呼び寄せた結果

ともいえる

 

耐えうるか否か

それは己の気概と生への執着と

そしてもって生まれた運

読書開始

 

本当なら去年の秋口には読み終わっていたはずが

図書館の三桁におよぶ「待ち」に阻まれてしまい

結果、今読み始めることになった

自宅におこもりの時期、ちょうどよいといえばちょうどよい

それも

図書館が閉鎖になる直前、とても返却時期に返すことは思えない(つまり読み切れない)本たちを

自宅に召喚した自分がいたからに他ならない

あの時の決断、自分偉い

 

さて、前置きが長すぎた

10ページほど読んだところだが、湊かなえ風な

というか、告白のような若干重苦しい感じで文章は進んでいるところ

幼児虐待の内容だろうか

脚本家の記憶と現在を織り交ぜた物語なのか

あらすじも記憶の隅に追いやられた頭では今後の展開が読めない

ゆっくりと楽しもう

GWは自宅だから

 

〇年の人生を経て至った考えの一つに

 

持てる男の話術

がある

口先だけの話っぷりでは話にならない

頭の超高速回転を伴うことのできる話術には

いかんともしがたい魅力がある

もとい

女性は惹かれてしまう

あぁ

ただし、その魅力を理解できる女性にも

超高速回転は必要なので

どなたにも、というわけにはいかない

 

持てる男の話術は麻薬のようだ

そういう男はさっさと人のものになる

独身を気取っているのは見せかけの話術の可能性高し

しかし

人間性と容姿が結構なスパイスとして作用するから

断定はできず、法則化は難しい

 

しかし

持論として

コミュニケーション能力に長けるということは

人としての魅力に一歩長ずるということではないだろうか

僭越ながら思う次第である