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お城や戦国武将が大好き!

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小田原征伐が終わり
いよいよ、天下統一を果たした
秀吉が、さらなる野望を目指して
朝鮮出兵を開始するわけですが、




それと、同時に秀吉の後継者問題が
噴出してきます。そして、その後継者を産む女性が
側室となった茶々(竹内結子)。




茶々の人生は戦国時代の悲哀を一身に背負う
悲劇的な女性なのですが
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茶々に関してはこちらの記事で解説しています。
真田丸のキャストで豊臣家の鍵を握る茶々を演じる竹内結子



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秀吉の子、鶴松【天正17年(1589)誕生】を産みますが
天正19年(1591)に鶴松は、わずか3歳で、この世をさります。



やっとできた我が子。




そんな可愛い我が子が、亡くなった衝撃は
秀吉の精神を、ずだぼろにしたはずです。



この天正19年は、秀吉を支えた重要な人物が
亡くなっています。




それは、豊臣秀長(千葉哲也)と千利休(桂文枝)。
この二人が、唯一秀吉の意向に逆らってでも
意見できる人物でもあり、大切なブレーンだったわけですが
そんな二人も天正19年に亡くなっています。




特に利休の死は、謎とされていて
このへんも、真田丸ではどのように描くのか?
楽しみですね。




今回は、秀吉政権の後継者を産んだ茶々さんと
信繁の新たな視点についてシェアできたらと
思います。

それでは、いきましょう!



【今までにない面白い描き方】

真田丸では、堺雅人演じる信繁と竹内結子演じる茶々のつながりが
今までの大河ドラマでは見られなかったような形で描かれています。




信繁が秀吉の馬廻り衆に取り立てられたことは史実ですが、
茶々と信繁の関係にスポットライトを当ててきたのは真田丸がはじめてではないでしょうか。




ご存知の通り、茶々も信繁も最終的には1615年の大坂夏の陣で命を落とします。
秀吉の馬廻り衆であれば、確かに茶々と接する機会が皆無ではなかったでしょう。




しかし、通常、鶴松誕生時の大阪城の落書きの件については、
茶々と石田三成の関係が疑われるのが一般的です。
実父浅井長政・お市の方、継父柴田勝家を秀吉に滅ぼされた茶々は、
少なからず秀吉に恨みを抱いていたことは容易に想像できます。




そのため、当初は秀吉の側室になること等考えられない、
といった感じで拒否するのですが、突如、秀吉の側室となることを承諾し、
聚楽第(じゅらくだい)、淀城と移り住み、秀頼の母、
淀君として、権力のトップに君臨するのです。




この際、一般的には、秀吉への恨みから、
豊臣家を乗っ取ることで、復讐を果たす、
と一般的には描かれます。




その際に、淀君を利用して、
豊臣家の威を借り、天下に号令をかけようとする三成、
その両者が実は恋仲・・・そんな描き方をされることが多いですし、
実際に、大河ドラマ「江」でも
三成の淀君への抑えきれない恋心が描かれていました。




しかし、今回の真田丸では、
山本耕史演じる三成と茶々の間にそのような空気はなく、
むしろ、恋仲の対象が信繁として描かれています。


一度大坂城で交わった二人の運命が、




秀吉の死関ヶ原の戦い大阪の陣





と激動する時代の中で最後に再び交わる。


この描き方は新鮮で面白い描き方といえます。


【信繁がひそかに愛した茶々】

信繁は、大坂城で過ごしてからは、
豊臣家への忠誠を崩しません。




今回の真田丸では、その行動の裏に
淀君への淡い想い・・・といったものが描かれるのかもしれませんね。




本来真田家で女性といえば、小松姫や京都のお通、
といった女性たちにスポットライトが当たることが多いのですが、
今年の真田丸では、忍者と真田家の関係がさほど濃くは描かれていません。




今のところ登場しているのは、佐助と出浦昌相(いでうらまさすけ)くらいのものでしょう。
なので、今後もお通は登場しないのかもしれませんね。

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小野お通(おののおつう)とは?

池波正太郎先生の『真田太平記』(1985~1986)では
小野お通なる女性と真田信幸との間に、淡い恋が描かれている女性で




当時のドラマでは、才女でもある『竹下景子』さんが
演じてらっしゃいました。




とにかく、謎の多い女性で
生年は、1567(永禄10年)で
亡くなったのが、1631(寛永8年)か1616(元和2年)と言われておりますが
諸説があってはっきりしたことは、わかりません。




一時は、浄瑠璃の『十二段草子』の作者と思われていた
そうですが、ちがったそうです。




寛永(1624~1644)の三筆の一人である近衛信伊(このえのぶただ)
から、書を教わったとされ、
お通流といわれるほどに優れていたそうです。




当時の権力者の織田信長・豊臣秀吉・高台院に仕えたとする説や
淀殿にも仕えたとか……




とにかく、詩歌・琴・書画と芸術文化に
優れた才女であったと思われます。




そんな信幸と小野お通(おののおつう)との淡い恋は
結局、成就しなかったわけですが
小野お通の娘の宗鑑尼(そうかんに)は、信幸の次男の真田信政の側室として
迎えれています。




そして、信政の嫡男・信就(のぶなり)を生んでいます。
ということで、真田家と関わりがある
とても、謎の多い女性ですが、謎が多いぶん
よけいに神秘的で、想像をたくましくしてしまうのですが
真田丸に、出てくるかどうかは
わからないといった状況です。




それにしても、信繁や兄の信幸にしろ
恋多き人生模様が、人生を熱くしている
ように感じました。




いくつになっても、好きな人や
憧れの人をもつというのが、大事だなと。

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淀君、きり、小松姫・・・信繁の周りを固める女性陣の活躍、
そして、大坂の陣での運命的な最期、
これらを三谷幸喜がどのように演出してくれるのか、
非常楽しみですね。


ではでは。




『おこう』は、侍女として
これから、信幸に仕えていくことになるわけですが、



当初の病気がちだった体裁は、
いつの間にか、無くなり
今では、人に対してお世話できるほどに回復♪



文禄4年(1595)、なんと、信幸との間に待望の嫡男が誕生。
のちの、真田信吉になります。



慶長19年(1614)大坂の陣に、真田信吉・信政兄弟が出陣。
幸いに、二人にとっては、叔父にあたる
真田信繁との直接対決は、避けることが出来ました。



ちなみに、信政は、小松姫の子供です。



この『おこう』の息子
信吉は、大坂の陣後、父信幸から沼田城主として3万石を与えられますが
寛永11年(1634)わずか40歳で亡くなっています。



信幸の嫡男・信吉を生んだ
『おこう』さんについて、見ていきましょう!





【真田丸の魅力とは?】

真田丸が最近人気ということでうれしい限りですが、
このなかで『おこう』という真田信幸の妻が面白い役どころを演じています。




史実としてはほとんど資料が残っていない方なので、
いろいろな物語を作りやすいといったことがあるのかもしれません。





おこうは史実としては、信幸の元正室ということになっています。
真田家が徳川家の傘下に入る時に、徳川の重臣本多忠勝の娘が
信幸の正室とされたことで、側室となったようです。



史実ではこれだけしかわかっていません。




ですが、真田丸では最初は『おこう』は病弱な女性で
半分寝たきりのようなイメージで登場します。




そして、この忠勝の娘・稲が正室になったときに、
信幸とは離縁されて侍女として働き始めるということになりました。




侍女となったことで元気になって信幸や周りの人に
お仕えすることができるようになったという不思議な設定です。




しかし、これがなかなか面白いことになっていて、
真田丸の魅力の一つともなっているようです。



【弱小大名が生き残るために政略結婚】

戦国時代ですから弱小大名は大大名のいうがままにするしかないとはいえ、
正室が側室になるというのはかなり屈辱だったはずです。
さらに嫉妬もあれば口惜しさというものもあったはずなんですが、
意外と昔は病弱だったものが元気になったということで、
あまり卑屈なイメージとならないように考えられているわけです。





戦国時代は女性もいろいろな戦いをしています。
実家のお家の事情などいろいろなことが入り混じっているのですが、
それを笑い話のようにしてしまっているところが、
真田丸の魅力の一つではないでしょうか。




戦国時代の厳しさというものがありながらも、楽しいこともある
ということが垣間見えるのがこのドラマでもあるような気がします。




本多忠勝もこの話を家康からされた時には、
かなり嫌な思いをしたように描かれています。




何しろ本多忠勝は徳川四天王の一人にあげられるほどの重臣中の重臣です。
ある意味では徳川家康に次ぐ実力者ともいえなくはありません。




その娘を嫁にもらうということは、
真田家にとってはとても大きな意味があるものとなったでしょう。




後の関ヶ原の戦いにおいて信幸は、父と弟が豊臣家につく中で
徳川家につくことを選ぶことになります。





世にいう犬伏の別れという話につながっていくわけですが、
こうした人間ドラマが展開していくのも真田丸の面白いところです。
『おこう』も魅力的に描かれていますが、他の人物もそれぞれ
魅力的に描かれているのが真田丸の魅力ではないでしょうか。





また真田家の女性陣は、『おこう』だけに限らず
みなたくましく、この荒々しい戦国時代を
乗り切るために、一致団結していきます。





真田家という家族が、いがみあって
いたら、それこそ、すぐに滅んでいたことでしょう。
これからの『おこう』に注目しながら
終わりたいと思います。

ではでは。




真田家の女性達は、みな元気で明るく
しかも、前向きで見ているこちらが
元気になります。



しかし、そんな中『こう』または、『おこう』と呼ばれて
いる真田信幸【大泉洋】の最初の妻・『こう』【長野里美】だけは
病気がちで、なんだか、見ている
こちらまで、滅入ってきてしまうので



本当に『こう』って
真田丸に必要?



当初はそんな思いで何か
違和感を感じていたのですが



だんだんと
その違和感がなくなり、
今では、『こう』さんの挙動が
面白く感じて、真田丸に欠かせない
キャストに成長。



ますます目が離せなくなった
『こう』【長野里美】についてシェアできたらと思います。

それでは、いきましょう!



【真田丸の箸休め的な存在】

真田丸のキャスト『こう』は、最初は病気がちで
ほとんど病人として描かれていましたが、
夫・信幸が本多忠勝の娘である稲姫【吉田羊】を正室に迎えるにあたり離縁されてしまいます。



ふつうなら、ここで病気が悪化したりするようなことになるのでしょうが、



真田丸ではここから、どんどん元気になるという
意外な展開を見せます。




侍女となって信幸に仕えるようになるのですが、
これまでと違って生きがいを持って働けるということで
元気になったというのです。




実際にはこのようなことはなかったのでしょうが、
こういうドラマに仕立ててあるところが
真田丸の面白いところでもあります。




正室となった稲とも簡単にはうまくいかないで、
義理の親となる忠勝と信幸のやりとりなども面白いところがあります。




なかなか人情味があって、戦国時代の悲しい話でも
笑いがとれるようにしているところが面白いところです。



【過去の大河にとらわれないストーリー】

正室、側室という現代ではイメージしにくい
分け方をするのではなくて侍女ということにしたところも面白いところです。




普通であれば、史実に出来るだけ沿うように話を持っていくので、
これまでの大河ドラマではこうしたことは考えられませんでした。




正室は正室、側室は側室というように史実には出来るだけ忠実に
従うということがこのドラマをかなり縛ってきたわけですが、
今度の大河ドラマではこうした史実にとらわれないストーリーを
考えているところが面白いところです。



これの考えはキャストにも表れています。



例えば主人公信繁の少年時代などは
子役が演じることも多かったはずですが、
真田丸ではかなり無理があるような年齢でも本人が演じています。




それだけにちょっと違和感があるようなところもありますが、
それを込みでドラマを楽しめるようになってもいます。



不自然さはあえて不自然な状態にすることで、
それを楽しめるというわけです。




ドラマなのですから忠実に史実に従う必要はなく、
面白いところは自由に変えてもいいわけです。




ただ、あまりに逸脱すると歴史というものが
無視されてしまってあまりにも現実感というものがなくなりますが、




この『こう』が正室のときは病気がちだったものの、
侍女となってからは元気となっていくというようなことにすれば、




正室から側室になったという暗いことを
明るいことにしてしまうような効果があります。




戦国時代はとかく暗い話が多いですから、
たまにはこうしたことをして明るい話題にすることもいいでしょう。
やりすぎなければ問題はないように思われます。




大河ドラマの新境地のきっかけになる作品が
今年の『真田丸』になるのでは、と
ひそかに期待しております。

ではでは。