昨日のブログで、弱い者いじめをする男性について書きました。
その記事を読み、モヤモヤした方がいらっしゃると思います(実際におられる)。
モヤモヤさせてしまいすみません(汗)。
歴史を見ると男性が他者に行ってきたことから作り上げられてきた世界(社会)を知り、力の不均衡を生みだす男性について考えざるを得なくなっています。
日本は男性社会であり、女性に不利な社会条件となっています。
その社会の中で少数ではありますが他者の傷みがわかり、他者を思いやり尊重する男性の方たちはいます。
世界的に見ても、他者に暴力をふるうのは男性が多く、男性は子どもの頃から暴力を容認されているのが気になります。
男の子は今の時代でも戦いごっこが普通に行われており、男の子はおもちゃの剣や銃など持ち遊んでいます。
男の子が戦いごっこすることで「友だちと協調して遊ぶ力が学ぶ」や「力加減を理解する」、「創造力が豊かになる」、「『正義は勝つ』という価値観が身につく」力が育つと書かれているサイトもあります。
上記のことを一つずつよく考えていくと、上記の内容のおかしさに気づきます。
暴力は他者を支配することに使われます。
暴力の形は実際に他者の身体に触れ傷つけることや間接的に傷つけること、他者の精神を傷つける行為など様々で、これらは性関係なく他者に行われています。
わたし(女性)は過去に犬たちたいしてわたし都合の「しつけ」を行い、犬たちの心と身体に害を与え、犬たちの心身を大きく深く傷つけていました。
当時のわたし(支配抑圧する側)は、わたしが持っているその権力に気づかずにいました……。
ひとたびその力に気がつくと愕然としわたしは深く反省し、「時を戻せるものなら戻したい」と真剣に思ったほどです。
時を戻すことはできないので、同じ過ちを繰り返さないようこれからを生きようとわたしはとても強く思いました。
しかしもしかすると、今のわたし自身気づいていないわたしの(他者に使っている)権力があるかもしれません。そのため今の自分と向き合う努力を惜しまないようにしたいです。
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