今日もよく雨が降っているので犬たちはひたすら寝て過ごしている。
鹿たちは庭と室内を行ったり来たりし、ずぶ濡れになって帰ってくるので、軽くタオルドライをしている。
タオルドライは鹿たちが「拭いて」と言う時とそうでない時があり、水分を取ってほしいときは、わたしの側に来てジッと立つので、わかりやすい。
昨日、調べ事をしていると「狩猟が間違っている7つの理由」というのがあった。
狩猟を別のことに例えたら?が書かれている。翻訳↓↓↓
「あなたが休憩中に遊び場にいて、クラスメートの1人があなたに岩を投げたと想像してみてください。あなたは傷つき、悲しみ、そして混乱していると感じ、何が起こったのかを先生に話します。しかし、あなたの先生は、岩を投げた子供がゲームをしていると言います。そして、あなたがそれを知らずに怪我をしたことは問題にならない」。
「狩りをしている動物にとっては、まさにそれがどのようなものかです。人々は狩猟を『スポーツ』と呼びますが、要点は動物を殺すことです。決して狩りをしてはいけない理由は次のとおりです」。
1.それは多くの苦しみと死を引き起こします。
「狩猟は、世界中で特定の動物を絶滅させました!」
カスピトラやタスマニアタイガーズ、リョコウバトなど、狩猟により絶滅している。現在、狩猟により絶滅寸前の動物種がいる。
2.人間のように、動物は生きたいと思っています。彼らはまた、愛し、痛みを感じます。
「一部の人間が狩猟を「楽しい」と考えているからといって、動物が死ぬ必要はありません」。
日本では野生動物を殺す場合、ハント(動物を追いつめ殺す)を楽しむ場合と、残虐な行為自体(罠にかかり、恐怖で叫ぶ動物をバットで殴り殺すなど)を快楽とし行う場合、「駆除」として社会に貢献している認識で行う場合があると思うが、いずれにしても「殺す」ことに変わりはない。
残虐な行為を快楽とするのは社会の脅威でしかない。
3.それは人間に対する暴力につながる可能性があります。
「専門家は、動物に残酷な人々はそこで止まらないことを知っています。彼らの多くは人間にも残酷です」。
人間が持ち合わせている残虐性というのは、種を超える連続するものだと思う。人間に備わった残虐性の根は深い。
4.動物は撃たれた直後に死ぬとは限りません。
「ハンターに殺された鹿の中には、2、3回撃たれて初めて死ぬものもいます。他の人は傷つきますがすぐには殺されません、そして彼らは死ぬ前に15分以上苦しみます」。
銃で2本の脚を撃ち抜かれた鹿が、強烈な痛みを感じ血を流しながら森の奥へと移動している姿を見て、その鹿を撃った本人が涙を流したという話しを見た。
苦しむ鹿の姿を見て初めて自分の行ってきたことがどれほど残酷で相手に苦痛を与えていたかを知ったのだが、このことは想像したらすぐにわかることだ。
人間と他の種の動物たちとの認識の距離を縮めることで、相手の想像がしやすいのではないかと思う。
5.それは動物の家族を引き裂きます
「一部の動物は、私たちと同じように、家族と非常に緊密な関係を築いています。誰の家族も狩られるべきではありません」。
多くの動物種の親子(家族)の関係性は、数々の観察情報や研究などから、わたしたちと同じように、もしくは以上に緊密な関係を築いていると言っても過言ではないように思う。
もし、あなたやあなたの家族が罠にかかったり、殺されたりしたらあなたはどのようなことを感じ、どう思うのだろうか。
6.狩猟は「自然のバランスを保つ」と言うハンターもいますが、そうではありません。
「彼らは通常、最大で最強の動物を殺すのが好きなので、ハンターは自然のバランスを台無しにしている人です」。
海外では、トロフィーハンティングが盛んな国もあるが、批判が大きい。
日本でも、「大物」と言われる個体を殺した時は、ニュースに流れる。
これは、「大物」を殺したことに何かしらの人間の感情があるからだと思う。
人間は自然界に介入し野生動物を殺すことは、野生動物たちが通常生活している中で経験しないことを経験することになる。
本来、自然界で生き延びる可能性か高い個体を殺すことで、その種に遺伝的影響を与える。
そして、自然環境で生きている動物を殺すことは、他の種にその影響を与える自然生態系に混乱を招くことであり、生態系を衰退させる。
多様性は乏しくなり、土や植物などにも影響を与える。
7.狩猟事故がたくさんあります。
「狩猟事故は、牛、馬、犬、猫などの他の動物、さらにはハイカーや他のハンターを傷つけたり殺したりし ています」。
狩猟で犬を利用する場合、特に多くの事故が起こっている。自制心を失った犬が家畜やペットなどをかみ殺す場合や、犬が追い立てている野生動物が道路に出て、車と接触することもある。
そして、猟犬自身が、人間の誤りで銃で撃ち抜かれることも実際にある。
人間によって、他種動物を襲ったり、追跡したり訓練させられる犬もまた被害者だ。
猟犬の生活を見ていると、福祉の視点などまったくない扱いを受けていることもあり、日々の苦しみを察することができる。
人間が自然界に介入しそこで生活をしている動物を殺す行為からは、多くの事故があるのは確かだ。
わたしたちが狩猟をすることがなければなかった事故が多くある。
わたしたちが自然界に介入することで発生した事故について、「動物が悪い」と言う風に捉えられ発信させているのをたまに見るが、弱者に責任転換をするのはやめよう。
行っている行為を無理に正当化せず、まずは、わたしたちが行っている行為自体に曇りない真っ直ぐな目を向けてはどうだろうか。
日本の野生動物たちに対し配慮がされ、日本の野生動物たちが人間によって与えられる苦しみ痛み、孤独、絶望などを経験することのなく、本来の生涯をまっとうできるといいなと思う。
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