今日はある記事を読み、よくない内容に混乱しましたが、助けもあり冷静になるのがはやくてよかったです。
記事内容におどろいて、混乱しながら読むと記事がやっている本当の内容を見おとしてしまうので、落ち着て再度読みます。
気になった記事は数回読み、自分の意見を書いてみたり、調べたりしています。
ずいぶん前に同級生と話をしていると、ひとりが「なぜ、うそのことが書いてあるのか?なぜ、それが社会でまかり通っているのか?」と言いました。
社会はずっと昔から連続してるものや自分たちの利益だけを考える行動、わたしたち自身が合理的に考えるとかを放棄してしまっていることなど、さまざまなつながりから作られてきているので、わたしたちは歴史を正しく知ることの重要性を感じています。
そして、歩んできた歴史と向き合い、ここに住んでいる人たちで同じ過ちをおかさないように歴史を作って行くことができるといいなと思います。
昔のわたしは社会や世界は戦後、正しくあろう(人を殺さない、苦しめない、傷付けないなど)と歩み、正しをもとに社会を作っていると思っていました。
なので、他の者への暴力など行われない社会に作られてきていると信じていました。
しかし、そうではない社会で生きています。
わたしやわたしの家族、友だち、仲間は戦争を経験していませんが、今、戦争のあり方が違うだけのことがおおくあると最近つくづく感じています。
社会の仕組みなども昔からそのままなので、2019年のジェンダーギャップ指数は調査対象153カ国のうち、121位と過去最低を更新。
ジェンダーギャップ指数からもわかるように、女性差別が今もなおおく存在している社会です。
以前ある人と、ジェンダーギャップ指数の話をしたときに、その方は「○○国より、上位でしょう?」と言いました。
その方の中ではある国は自分たちの国よりも劣っているという認識だったので、そのような言葉が出たのではと。
わたしはその方に「いいえ」と答えると、「信じない、だって~」と言っていました。
このようなことから、何を信じ、信じないかは個々がそうしたいようになるのだと思いました。
なので、わたし自身、根拠となるものはとても大事だと感じました。
自分の頭のなかでたくさん考えたとしても、そのことについての正確な情報がなければ何をもとに考えればいいかがわからなく、結論は自分の合理的ではない思想としてまとまることが多いのではないでしょうか。
聞えのよい言葉やわたしたちにとって都合のよい言葉、もっともらしい言葉などが本当にやっていることはどのようなことなのか。
言葉にのまれないようにしたいです。
そして、ここで常識となっていることはおかしいことではないか、世界に目を向けながら判断していきたいです。
誰かの気配を感じたひーちゃん。
音をより正確に聞きとろうと頭を少し傾けていました。
「だれかな?」
ポッチとお願いします。
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