Notre Maison & une epicurienne -4ページ目

Notre Maison & une epicurienne

三菱地所ホームで全館空調の家を建てる

コロナ自粛生活が始まり、3年目。

以前のような、気軽に海外旅行どころか、国内旅行ですら気を使う日々。

友人との観劇や食べ歩きも以前の5分の1以下。全くしないのは精神衛生上辛く、また対応策に気を遣えるだけ気を遣って運営している主催者さんを思い、状況を見計らいながら出掛ける日々。とても疲れた。

 

本来、別荘や会員権リゾートなどには否定的だった。次々と魅力的なホテルが開業し、ホテル巡りが極上の休日の過ごし方だった。しかし、ホテル宿泊や県を跨いでの移動がこれほどし辛い時代が来るなどと誰が予想できただろうか。おうち時間の充実や巣篭もり生活などやれるだけの事は、この2年やり尽くした。なんの気遣いもなく、誰に気を遣う事もなく、心置きなく休暇を過ごしたい。たっての願いを叶える手段がセカンドハウスだった。

 

以前から、山より海派の私たちが選んだのは、ビーチハウス🐋

311の経験から、高台必須。

土地探しがスタートした。

 

オーシャンフロントだけど土地が低かったり、高台だけどパーシャルビューだったりと、土地探しは難航を極めた。それはそうだ。誰しも欲しい条件は共通している。だがある時、ふっと条件に合う土地が現れた。これがタイミングというものか。マイホームの土地探しも同じだった。この辺りで妥協するしかないのかと思い始めた頃、理想がネギ背負って現れた事を思い出す。まさしく既視感だ。

 

高台で

オーシャンフロントで

周りの環境も整っていて

接道の道幅も確保されていて

 

 

その土地を見た瞬間、私と夫は目を合わせ頷いた。

そうはいっても、法務局で一通りの資料に目を通してからの返事だと思い込んでいたらば、夫の手付の金額を聞く言葉! えーーーっ!フライングなんですけどーーー!

帰りに聞くと、

「この条件がどれだけ難しいか今まで探してきて知ってるでしょ?手付を捨ててでも押さえておかなければならない希少物件だよ」

と言い放った。それには私も大きく頷くのだった。

 

それが去年の3月。ウッドショックという言葉が世の中に降り始めたまさしくその渦中だったのだ!