毛越寺を見て平泉を離れる | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。



平泉、最後の訪問先は毛越寺。やはり円仁さんの作ったお寺で創建は850年。その後の大火で荒廃したところを、2代基衡、3代秀衡で再興。



本堂。薬師如来が本尊。天台宗は本尊を特に決められていないが、根本中堂も薬師如来なので、ああ、一緒なんだという気持ちになる。



中尊寺もそうだったが、線香に火を着けるのに、香炉の真ん中にある炭を使う。



浄土庭園の築山。



開山堂は円仁さんを祀っている。



あやめの花壇。6月後半から7月前半まであやめ祭りがある。



嘉祥寺、講堂、金堂円隆寺など、大火や戦で焼失した寺院の後が続く。



遣水は平安時代の洋式そのままで発掘された貴重なもので、新緑の頃には曲水の宴が催される。



常行堂。といえば四種三昧のなかの常行三昧(90日間、堂の内周を回りながら念仏を唱える。卧してはいけないので、どうしても耐えられるない時は平行棒の中に身体を置き両脇の下に並行棒を抱えて立したまま休むらしい)を行うお堂のこと。延暦寺西塔エリアに行くと、常行堂と法華堂の2つが渡り廊下で繋がっていて、それを弁慶が天秤棒のようにして担いだということで、弁慶の担い堂と呼ばれているが。



そんなことを思っていると、この鐘楼の次に



常行堂と法華堂が並んでいた遺構があった。まさに比叡山の担い堂と同じ洋式である。法華堂で行われるのは21日間の半行半座三昧ということである。



隣(駅寄)にある基衡とその妻の建立した観自在王院跡。



最後にもう一度、池を眺めて思っていたよりも時間がかかったので、急いで駅に向かった。



これ、逃すと到着時間が2時間くらい遅くなってしまう。



湯田高原の雪景色。




ね。