親不孝日記③ | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

入院した親父をほったらかしにして京都を旅する弁慶の日記のつづきです。


祇園の路地にあった庶民的な喫茶店でアイスコーヒーを飲んでクールダウンし、いざ南座へ。



南座の3階席の一番前です。(注1、この席のチケットは友の会で貰えるのです。以前、ランクアップして1等席の差額を追加支払したことがありますが、その時、入院して行けなくなったことがトラウマとなって、未だにランクアップ出来ない小心者です。)


伝統芸能的なものを見る習慣はまったくなかったけれど、3階席とかは京都の若い人も老いた人もおっちゃんもおばちゃんも普通に観にきてる感じがあります。そういった素養のある人たちがある程度の割合でいるこの街で遊ぶには、やはり機会があれば観ておかないとちょっと楽しくない時間ができたりすると感じます。




一部と二部の間でトイレに行くと、5月にあんず家さんでポテサラを半分ずつ食べた知恩院のお坊さんと偶然再会してびっくりしました。ということもあるんですよね。これで次回お会いしたらまた話が出来る😄。


ちなみに私は墓仕舞いを考えているので、それも相談してみようかな。ということにもなるじゃないですか。



先斗町は長唄でした。西陣のとある場所の縁で知り合いになった外語大の三味線を習う女子大生は長唄はカッコ良いと言うけれど、弁慶にはよくわからない。でもなんとも衣装が婆娑羅な感じで良かったとか、市真芽さんて唄上手なんだとか、まあ、こんなことを感じるだけでも良いと思います(爆)。


南座の都の賑わいが終わると、ホテルで一休みしてから瓢亭へと向かいました。


瓢亭は、400年の歴史を誇る京都の老舗の料理屋さんです。毎年、都の賑いの日に「五花街の夕べ」という宴席があって、今年は先斗町が瓢亭だったのです。(昨年は菊乃井本店でした。)老舗の料亭なんか、こんな機会がないと行けない😆。



2つの間の間にある襖を取っ払って一部屋にしているので床間が2つありました。



畳に足が入る穴が開いていて、掘り炬燵のように座れる仕掛けでした。


事前にお酒のチケットを買うシステムで、これは無粋な気がしますが、私の予想では芸妓は去年同様、秀知紗さんでしたので、また席に来たら飲んでもらおうとお酒の他にビールもお願いしておきました。(ところが予想は外れて、立方は舞妓2人。これではお酒は勧められませんから、すべて自分で消費です😓。)


宴席は、まずは先斗町から地方のかづ美さん、舞妓の秀好さん、秀亀さんの舞いから始まり、女将のご挨拶などあって、お料理へとうつります。今年もかづ美さん、賑いとのダブルヘッダーです。それほど地方さんは少なくなってしまったのだと言ってました。


(なお、運営から肖像権があるので、芸舞妓さんの写真は個人でお楽しみくださいとのアナウンスがありましたので、顔の写った画像はありません。)



先付 水無月豆腐


京都では6月30日に和菓子の水無月を食べる風習があり、その水無月を形どった豆腐の料理です。周りの出汁の中に見えるのはじゅん菜。



前菜。瓢亭玉子は、瓢亭がまだ茶店だった江戸時代の初期から出されていた伝統のメニュー。蓮の下には甘鯛の寿司。左下は鱚の昆布〆、さつま芋、隣は焼鰈。



煮物椀。鱧と冬瓜と菅牛蒡。


芯をくり抜いた菅牛蒡、あるいは筒牛蒡は、北大路の照月で初めて頂くまで、私は知りませんでした。だからこの菅牛蒡を見た時に、病院療養中の照月の料理長を想いました。(でも帰ってから訃報を聞きました。すでに4月に亡くなられていたそうです。ご冥福をお祈りします。)



焼物は鮎。


向付の明石鯛のへぎ切りは、撮影を忘れて食べてしまいました😅



焚き合わせ。こちらは穴子を賀茂茄子に合わせています。



ご飯は新生姜ご飯に、鰻を載せて、赤出汁には湯葉と焼いた小茄子でした。



水物。メロン、枇杷コンポート、玉子アイス。



献立にはなかった紫陽花の和菓子は、女将からの差入らしく、我々客だけでなく、芸舞妓さんへも振舞われました。様子を見ていたら、芸妓のかず美さんが手を付けるまで、2人の舞妓さんも手を付けずにいるのです。そういった躾をされているのですね。


これは私の菓子ではなく、秀好さんが頂戴した物ですが、お菓子を持った様子の写真を撮れというので撮りました(笑)。それを編集してます。



抹茶で〆です。


まだまだ京都のタクシー事情は改善されていないらしく、更にこのような宴会が五箇所で同じように開催されているので、タクシーを頼まれた客はしばらく待つかもしれないようでした。



歩くとそれなりにある距離で、実は私も来る時はタクシーで来たのですが、帰りは酔い覚ましに歩いて帰るつもりでしたから、ぶらぶらと歩いて帰りました。


夜9時でも、マルシン飯店には行列ができていまるのですね。いつになったら食べられるでしょうかね。私は待つのは嫌いなんですよね。



あ、日本ローマ字学会だ(特に意味はない😆)。


先斗町に立ち寄ってみると亜弥さんはいつも通り休みでした。踊りがあったので、もしかしたらやってるかなと思ったのですが残念でした。他にどこか行こうかなとも思いましたが、翌日は早いので、そのままホテルに帰って寝ました。



翌日、亜弥さんからメールが来たので見ると、昼から秀好さんと宴会に来ているとのことで、秀好さんが御守りを手に写ってました。御辰稲荷の御守りを、辰年生まれだからとすごく喜んでもらえて良かったです。


ね。