3月のおさらい(京都編) | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

3月は上洛する予定ではなかったが、たまたま休前日が静岡出張だったので帰らずに、そのまま京都に行った。



まずは小腹が減ったので、四条大橋近くのハイボールバーから先斗町のホームバー経由で



ホームグラウンドへ。


そして、もう書いたおでんと肉のお店、あんず家へと繋がる出会いがありました。これだけでも来たかいがありましたね。


どんな経緯かというと、翌日は北大路照月でご飯を食べて帰ろうと思っていたのですが、残念ながら満席だったのです。さて、どうしよう?と思っている時に隣に座ったのが、女性3人組でやって来たあんず家の女将さん。会話の内容から先斗町に店を出してお客さんで芸舞妓さんが来るのだけど、名前がわからなくて困っているという事で、常連さんに連れて来てもらったらしい。それが鮨屋だというので、試しに明日のお昼って予約できますか?って聞いてみた(笑)ということなんです。


常連の方、秀眞衣さん呼びたいと言ったけど空いてなかったので、空いてた3人から選んでくださいって言われて、いきなり舞妓3人とも呼んじゃうすごい方でした😵。だって選べないでしょ〜っておっしゃってました。


さて、亜弥さんから渡されたのは



おため


おため とは、と検索すると「半紙に添えてその一割の金額を入れて御返しする物です。」とありますなあ。その、とはご祝儀とかを指すようです。つまり、これは秀眞衣さんの襟替のご祝儀を送った御返しということのようです。関西の習慣らしいですね。で、この中身は千円札でした。つまり私が出した御祝儀は? はい、これって京都のお値段の参考になりますね(爆)。


この日は0時ちかくに芸妓の多香さんが仕事ではなくやって来て独壇場になったので、帰りは2時。タクシーもつかまらず、40分歩いてホテルに帰りました😵。なぜ、そんなに歩いたかといえば、便利だったユニゾ河原町三条が閉館となったので、四条大宮の別のホテルに泊まったんですよね。今月になってユニゾは倒産してけっこう紙面を賑わしてますね。負債を切り売りして埋めていっても結局は稼ぎがなくなってしまいますからねえ。



翌朝、四条大宮から壬生寺は近いです。



まあ新撰組一色みたいな感じですよね。



光緑寺の新撰組隊士の墓。右から2番目は大河で堺雅人の演じた山南敬助の墓。



こちらは新撰組の屯所が置かれた旧八木邸の見学です。この和菓子屋、鶴屋さんでやってます。



奥に八木邸があります。邸内は撮影禁止。八木邸では水戸浪士の芹沢鴨暗殺時の刀傷が残っています。こちらは大河では佐藤浩市でしたね。そういえば佐藤浩市は去年は上総広常でやはり暗殺されました。



お茶と屯所餅、ガイド付きのセットで1100円。



さて、左は、元祇園那神社。右は隼神社。


名前の通り、現在八坂神社に祀られている牛頭天王(=素戔嗚尊)は、こちらから移られましたという由緒ある神社です。


さて、昼飯を食べに先斗町に移動します。



鮨いし屋

先斗町の25番路地の奥

昼は予約のみ


この25番路地はとてもわかりにくいですが、26番路地には表示があるので、その隣り。

















細かい説明は無理です(笑)。

煮切り醤油で味を仕上げてから提供されるタイプでした。私は2時まで飲んだからノンアルです。えらいですね(爆)。


食後の運動は、なぜか思い立って駅の南側へ。



東寺の桜と五重塔



羅生門の遺跡



六孫王神社

六孫王は清和天皇の六男から生まれた王なので、そう呼ばれた。源の性を賜り東国西国の乱を鎮めめ凱旋し、鎮守府将軍に任ぜられた方で、こちらに住居があったそうです。



鉄道博物館は時間がなくて通り過ぎて、島原へ。雨が降ってきて蒸し暑くて辛いけど、頑張って歩く。



Hygge(ヒュッゲ)

島原の古民家カフェ。近くには以前お邪魔したキンセ旅館もあります。



出掛けたその日に届いたばかりの新調した革ジャンを慣らしで来てきたから、余計蒸し暑くて脱げてホッとしている状況です。



歩いてカロリー消費したのは人気のカレーを食べるのが目的でした。たぶん摂取のほうが多いでしょう。


ね。