霧積温泉は一昨年の台風による崖崩れで一時は陸の孤島と化したことがある。そもそもこの地は明治時代の避暑地であり、政界の有力者の別荘も多く、今ではまったく想像できないほど栄えた土地であった。それが水害により壊滅的な状態になり、現在の2件の宿を残すのみとなった。旧国道18号からこの霧積の地に向かうわき道に入ると、もうそこから温泉宿に至るまでの8kmを超える山道には、民家は存在しない。
話を戻そう。昨年この地を訪問した時には、まだ「きりづみ館」に至る道路だけは開通していた。しかし「金湯館」にいたる道についてはまだ未開通であった。今回もその道に入るゲートは閉ざされていたが、確認したところ復旧はされているのだという。しかし、営林署により一般車の通行は規制され、金湯館の車しか通行できないことになった。各地の林道で発生している多くの事故が、その背景にあるのだという。
私はもともと歩いて行くつもりだったので、きりづみ館の前の広場に車を進めた。このきりづみ館については、20年以上前に一度宿泊しているし、昨年は2度立ち寄っている。明治の繁栄を連想させるような六角形の浴場が建物としてはすばらしいのだが、ここの湯は加熱されていて私はとても残念に思う。古い浴場には源泉桶がそれを被ることが出来るのだが、六角風呂にはそれもない。
さて、この広場から金湯館までは1kmの山道を辿る。時間にして20分~30分ではあるが、平らな道になれた身体にはけっこう堪える。1枚前の画像にあるとおり、宿泊者はここで連絡をすると金湯館の車が迎えにきてくれるが、これからの時期であればたまにはすがすがしい山道を歩いてみるのもいいと思う。
こんな感じの山道である。途中で休憩できるようなベンチもあるのだが、ほとんど土台が朽ちていて座るには適していない。山道は石垣が見えるとその先で車道へと合流する。最初に訪問した時は、車で行けないというJAFの古い情報誌で得た知識を信じていたので、この車道にはちょっとがっかりした。
金湯館である。一番手前の赤い屋根の棟が浴場である。奥の白い棟は宿泊棟かもしれないと思うが、実はまだ泊まった経験がない。家族で切り盛りしている温泉宿だから、何回も泊まらないうちに常連になれそうな気がするので、今度は泊まってみようかと思う。
清流に架かる橋を渡り、引戸をあけると秘湯の会の提灯と土産の並ぶ帳場がある。「こんにちは」と呼びかけると「はーい」とおばあさんが出てきてくれた。入浴料は600円である。
金湯館の歴史を振り返りながら、ちょっと休憩。訪れた著名人には勝海舟た西郷従道などの名も見られる。
温泉についての表示は以上の通り。ぬる目の湯なのでとにかくのんびりとした時間をすごしたい方向けである。
あんまり期待しないでください。シンプルな浴槽で、シンプルな湯です。源泉賭け流しだから当然飲泉も出来ます。
ほら、ほら、オーバーフローしているでしょ。身体のほうは、体毛が泡で白髪のようになってます。試しにその泡を一回取り除いてどのくらいでもとに戻るかやってみたら2分か3分でもとの泡白髪状態になりました。なんだかんだで1時間半以上、半分寝たような状態で過ごしました。
右にちょっとだけ男湯の暖簾が見えますね。まだ風はちょっと冷たいですが、長湯した身体にはすがすがしいです。
長湯でお腹が空いたので山菜そば700円をいただきました。
ちょっとだけ、おまけの画像。たらの芽はまだ早いね。8本くらい見つけたんだけど残念。
















