6月20日 岸井
今回の公演に向けて、自分が探していたものがみつかった。
みつけたものを、上演にもちこめるのかは、まだわからないけれど。
それは、小さなころ初めて聞いたとき、本当に、本当におどろいたこと、なのだ。
今朝、夢でみて、思い出した。
この話を、聞いたとき、人間ってあほだなあ、と思った。
この場合は、ほめ言葉だし、あほをほめ言葉に使ったのは、考えてみれば、あれが人生で初めてかもしれない。
あほって、すごいなあ。かなわないなあ。
とおもいながら、口をぽかんと開けたところで目を覚ました今朝。
せりふって、思いついたら、かかずにおれない。
そして、稽古場に持ち込む。この直前に!
今日は、お昼に、PCをただでくれる!という友人のところにいった。
彼女の職場の前のお寺の木が伐採されている。
「あれがなくなるととてもこまる。
お昼ごはんのときにいつもみていたのに。
カラスが出るとか、日陰になるとかで、切ってほしがっている地元の人がいるのはしってるけどね
でも、身をきられるような、とはこのことよ!」
ああ、そういう台本を今書いてうちを出てきたところだよ、とはいえない。
つまり、今日の午前中に、せりふを書いてしまったのだ。
その友人は見に来てくれるので、いえないのだな。
せりふをかくと、同じせりふを後から現実で聞くことはよくある。
こういうときは、よい台本に仕上がっているわけだ。
出演者のだれかが、
このせりふが、その人の演技にとって
必要なものだったりすると、
うれしい偶然の完成となる。
050619
2005-6-18
話して解決して、進んで。 岸井くん、偉いな~って思うのは、論理的に物事を考えられること。
私は感っていうか、一つ問題が見つかれば、そこを解決しようとする。彼は全体を見ている。
だからそれでバランスがいい。
中にいたら、外が見にくい。中にいると、中の問題が良くわかる。中と外と。
まあみんな焦っているだろうし、いらつきや緊張や不安もある。
けれど、やっていることを信じて進むそれだけだ。それ以上の不安はもういらない。
私の不安はみんなにうつる。誰の不安もみんなにうつる。
さあて、がしがしって、切り開いて前に進むだけだ。
050616
混迷の度合いは増してきた。
正直、僕はそう感じている。霧の中にいて、着陸するべきところが見えない状態だ。
みんなで目指していた先はどこだったんだろうか?などと迷いさえ生じてくる。
現時点で、お客さんを惹き付けるほどの強大な滋場が舞台上にはない。稽古が終わった後にそう思った。
感動。歓喜。共感。共鳴。反発。憎悪。
まだ何もない。
どうしたら良いだろう?
どう進んだら良いのだろう?
悩む。頭を抱える。
今更ながら、これまで台本に、いかに救われてきたかを痛感する。
自分たちの思いや願いを話し合いながら1から形にして、それを作品全体で表現することはとても難しい。台本
を寄りどころにできない。
台本がないことへの戸惑い、不安。舞台上で寄りどころとなるのは、他者と自分だけ。…当たり前か。
台本があったってなくたって、そんなの変わらないんだな。納得しちまった!
本番まで、あと1週間。
もがく。あがく。キレる。
最終地点を目指すエネルギーは全開なのだ。しかし、エネルギーが行き場を失っている。
ふと思う。キレる若者は、行き場を失ったエネルギーを消化できずにいるのだろうか?僕も同じかな?
いやいや、自分を若者のカテゴリーに入れるのは少々あつかましいか。
よしっ、八方ふさがりになったこの頭の中に風穴をあける為、僕は暴れる。明日の稽古で暴れると、そう決め込
んだ。
どうです?まだまだ若いでしょ?
もうひと踏ん張り、ふた踏ん張り。まだまだ先へ。
かと
6月15日 岸井
稽古場はいつも思考とか想像とか何チャラを超えるのが楽しくて、僕はそれで、演劇を続けている。美術のミリさんが来て打ち合わせした。自分の死角を稽古場でも話し合いでも、たくさんつかれて、今日はとても楽しかった。
毎日稽古をしていると、毎日いろいろなことがおきる。いろいろなこと、とは、いつも緊張していた俳優の頬が緩んでいたり、そういう変化だ。気になったことをメモして、なんでそうなったか皆目見当がつかないことは質問して、自分にどう見えたかを正直にいう。「寝不足だからね」、などという、つまり、演劇とはあんまり関係なさそうな理由もあるし、「今までと変わらないけどー?」、などという、つまり、再現しようのない理由もある。でも、毎日3つくらい、背中から殴られるような答えが返ってくる。そうして、自分の仕事は1日3歩ずつ進む。亀のような進み方なので、亀のような私にはうれしい。
今回美術をお願いしている建築家のミリメーターさんが稽古場にきて、その後、夕飯ミーティング。ミリさん、仕事で最近の稽古を見れていないので、現状を説明する。稽古場は生きているので、稽古場の外に伝言するときが一番緊張する。といっても、今回のスタッフの人は、稽古の生き物ぶりを楽しんでくれる人ばっかりなので、ずいぶん楽させていただいているけれども。
舞台は、繊細で残酷な感じになってきた。残酷が鈍感を生まないよう、繊細が馴れ合いを生まないよう、弛緩の種を見つけてはみんなでつぶしていきつつ進んでいる。もうじき、まだ見たことのない場所がひらけそうだ。砂漠のはてとか、海のそこのような場所。自分たちが誰も経験したことのない場所。そこで、どう、振舞えるのだろうか。楽しみだ。