a round 活動日記 -10ページ目

5月9(月)マキマキが復活した日

そして、今日はハコファクトリーのかおるもご来店。
本日、マキマキが戻ってきたので、再度0からチャートを作る。

宿題は、自分達の行為の整理をする。
?ひとつひとつのアクションをハッキリさせる
?それぞれのアクションのトリガーを決める。

宿題の発表しながら色々脱線する。

個人の中で自分の行為がトリガーになることが多く、ひとりで巡れる。
(これが悪いわけではなく、まず一人で動きつづけられることがベースに
あるのだと思う。)けれど、「おりあい、あるがまま」といった絞り込まれた
キーワードが出てきたが、今はそこから外れている。それで
他人と関わっていくのか、行為の共有ができるのか?その先のなんとなくの
イメージはなんとなく・・・・あるのに。の話。
けれど、そのイメージに近づける為に何をやるのかという考え方ではなくて、
今のシステムに内側の情報の何に制限をかけて、何を削れば
そうなっていくのかな・・・・とか

グレーゾーンの話。テクスチャーの話。
手触りが良い感じとか、悪い感じとか、その心地よい、悪いの表面の性質
それは各個人違う性質だから。そこをグレーゾーンと呼んでみる。
その、グレーゾーンを各自再度、考えてみる。
どうやってそのグレーゾーンにはまったときに、呼吸しているのか?

そのやり方が、見つかるとそれをまた変換かけて、トリガーにとりいれられて
、制限は増えるけれど、自由度は上がりそうだなと思う。

行為もトリガーも自分達の中で変化して、納得のいくものを探して欲しい。
わたしもそうする。何かが違うと思ったら、それが何でそうなるのか、何が違うのか
自分なりに考えて言葉に近づけてほしい。

次回木曜日、グレーゾーンのところと、新しいチャートの話

ミリメーターさんが来た日

5/3(火) 今日はミリメーターさんがきた。
ひでちゃんとあきちゃん HPの写真で見るよりずっと話しやす。って当たり前だけれど。
写真で想像して話しかけるより 実際会えるとなんだかとても身近に感じる。

さて、今日の話あい、ミリさんたちも居てくれて、なんとなく厚味がまして。うれしくなる。 っていうか、広がるな~って思う。 前回のシステムの中で自分達の行為に付いて、再考案する。 「続けられる事の定義」の見直し。 日常で続けられる事が、ステージ上でも続けられるようにそのまま載せず、変換する。 日常の身体と曽於場の情報と記憶と気持ちの整理 ステージ上では行為だけを取り除くために以下の事にまとまった。

■内側の情報を減らす
■外側に影響を与える

この2点を網羅しているものなら、変換可能となる。 再度、自分達の行為を確認再考案することになった。 今は、5/4の午前中 天気がいいので、朝から洗濯をする これから布団もほそう 朝ごはんは、昨日の残りの野菜スープの残りもの

宿題発表

お疲れ様です。宿題すっかり遅くなってしまって申し訳ないです・・・。みなさんどんな感じの発表だったのかなあ。。。

 

・ソリティアの「きっかけ、必然性」
1 ラーメン屋でラーメンが出てくるのを待っていて手持ち無沙汰
2 携帯で時間をチェックしたついで
3 携帯を見つけた
「外にあるもの」
1 ピコピコ音
2 呆れ顔の親
3 まだラーメンがこない、水と割り箸立てと灰皿が置かれたテーブル。

・落書きの「きっかけ、必然性」
1 内容の無い長電話をしている
2 考え事をメモしている
3 天気がいい
「外にあるもの」
1 電話の向こうのちょっと鈍感な友人
2 はなうた
3 たまったチラシ

・ガラス磨きの「きっかけ、必然性」
1 住人が引っ越した
2 掃除を頼まれる
3 ガラスの曇りがある
「外にあるもの」
1 部屋を見せてくださいという人たちがくる
2 前の住人の思い出(主にごみ・・・)
3 部屋の壁や洗面所とかが元の色をとりもどしていく

えーっと。。。
こういった感じでいいんでしょうか?

maki

4日課題発表  maki

4日の課題発表について。
キシさんのヒントメールにあった「B」からtanaさんの「食卓」を選びました。
昔から映画やお芝居の中の食卓を囲むシーンが好きだったのよね。
ただ「飲食」という行為でその人のそのまんまや、一緒に食卓を囲む人との関係がよく見えるからかなあとも思ったんだけど、その理由だけではどうもまだ明確ではない・・・。ドトールでバイトしてたときも飲み食いしているお客さん観察がすごく面白かった。
それからののさんのプリントにあった「神聖な時間」「キレイな時間」。←でもこれはまだ私の中でイマイチ明確なイメージが掴めなかったのでまあ、とりあえず。
そんで、全然前回出されたアイディアとは全く関係ないんだけど、5人で作成したチャートにあった「見守る」&「ご先祖」から、井上ひさしの「頭痛肩こり樋口一葉」のエピローグをイメージしました。(eguさんの分のプリントは今度お渡しするね。)こんなふうに自分が見守られている!って思うことがしょっちゅうあるのです。その度に「あ~皆様どうもありがとうございます!」って手をあわせるんだよね。→→ここから皆の宗教観の話に発展しました。思った以上の盛り上がり。

eguさん、明日の課題は聞いたかなあ。うんとね、4日に出されたアイディアのなかで「これはいいかな」と思ったほかの人のアイディア中の1個を選んで嫌なところや「こうすればもっといい」みたいなのを考える。(一個目)、あらためて自分のオリジナルなアイディア(ネタ)を考えてみる。(2個目)

以上です。これからはどんどん絞っていよいよ作品にしていくのだー。

前回の発表-oto-

“おりあい”と“あるがまま”について考えた。 でもふと考えてみると、僕らの日常は折り合いに溢れていることに気づく。 土日の連休、実家に帰った話。両親不在の家で家事とおばあちゃんの世話に追われる。ゆっくり本でも読んでのんびり過ごそうかと考えてたけど、やらなきゃならないことが多すぎて余裕が全くない。でも、これが親の日常だと思った。繰り返しの連続。折り合いの日々。 ~しなきゃいけないのに…する。 ~したいけど、…しなければならない。 ただ、これがあるがままなんじゃないかとも思った。 あるがままの自分とは、現実と別のところにあるわけじゃなくて、日常の中で折り合いをつけてる姿こそが、まさにあるがままの自分じゃないかと。 畑に水を撒かなきゃいけないのに、もう少し音楽を聴く。 もう少しボーッとしていたいけど、犬の散歩に行かなきゃいけない。 人や事物に折り合いをつけてる、その時々で何をどう選択するのかが、あるがままの自分かな? でも、そんな現実の中に、ふと気づく人や世界とのつながり、幸せに感じられるささやかなことに溢れている。見逃しがちだけど…。こんなことを作品にしたい、現時点でのotoです。 当たり前のことしか書いてないけど、こんなことを前回発表しました。要約できてるか不安ですが…。