7時半。

 

昨日、家に帰ったら、フルタイムの仕事のオファーで携帯が爆発していた。先日の通勤1時間の面接の結果が名簿に載ったらしい。2時間かけて通う仕事を先に受諾したので、翻すことはできようが、ここは、ぐっとこらえて残念ながら、ぜんぶお断り。同期は某大学の講師やシンクタンクに行った人もいるので、やっぱり、屈辱的な進路だ。自分のバリューがいまいち自分で分かってない。というか、そういうところに就職した人は、院で築いたコネで入っているので、院卒の就職はそういう仕組みになっているのだろう。自分はコネは作れなかったので、現在の結果でもありがたいと思うべきなのだろう。実際、最後に自分がフルタイムで働いたのは27歳のときなので、本年52歳で社会保険のあるフルタイムの仕事のオファーがあるのは例外的なのではないかと思う。今まで、それほど深刻にフルタイム職について考えておらず、趣味と好きな仕事をパートでやることを同じくらいの比率でやって、人生を楽しんでいけばよいかと思っていたが、院での勉強を経て、自立すること、自分自身の生き方のロジックに責任をもつこと、社会にどのように自分を位置付けるかのようなことを考えるようになった。ADHDの生きづらさ、仕事のできなさをガチで揃えている自分は(こういう感覚は健常の人には理解できないだろう)、ぜったい仕事をすることに向いていないし、そのために、すぐ自信がなくなって自分が仕事を続けるべきなのかどうなのか、生きていていいのかどうかが分からなくなって闇に落ちてしまうことが常であったが、とにかく、自分に手足がついていようとなかろうと、自分に脳みそが備わって居ようとなかろうと、とにかく、人は死ぬまで渡世しなければならない、なんとなく、本当に困るときっとおかーさんか死んじゃったおとーさんが現れてなんとかしてくれるような、なんとなくそんな感じがしながらぼやーと生きてきたけれど、現実を直視すると、おかーさんも死んじゃったおとーさんも現れない。なんとかしてなんとかしてなんとかして、ちゃんと、自分で生き抜かなければならないし、それを見せなければ。だいたい、2時間もかかる遠い土地で働く判断をするというところがすでに、尋常ではない思考回路でうんざりする。が、2時間もかかるところに行く体力があると思っているのが自分なのである。続かなければ続かなくていい。あと10年、定年まで(よく考えたら留年したため8年に目減りしている)、なんとか、なにがあってもやっぱり生き抜いている自分でいられるようがんばろう。というか、働く理由の問題の所在が社会問題の解決でなく、個人が生き抜くことになっていることが残念に思われる。まー個人的なディテールは脇に置いて、院卒の就職の話ですね。まとめると、まーなんとかなる。という結論で。