【泳ぐ思考】
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【泳ぐ思考】

【泳ぐ思考】

【泳ぐ思考】
なにもすることがないとき考えることにその人の教育の成果が現れるのではないかとひらめいた。
来年度の人事に心身ヘタるほどの衝撃を受けて連休に入ったけれど意外と気持ちも持ち直して週のスタートがきれそうだ。
新しい年度の始まりは反省と展望から始まる。自分のあり方を顧み、気がついたことを生かして方針を決める。
昨年は一昨年の人たちがあまりにも好きだったのでそれを引きずってモチベがとても低かった。当然、人に好まれない。好まれないのは「そういうときもある」人生の一部分に過ぎない。飲み込まれないようにメンタルを維持するのがたいへんだった。
今年はその評判の余波を受けて、味方の少ないスタートだ。ここで反省して、自分のモデルチェンジをしてウケを狙いに行くか。たとえば、残業を厭わないとか、より立廻りを工夫するとか。せっかくThe Circle を見て学んだ政治を実践しなくてどうするか。
ただ、わたしの人生は「他の人が望むものになること」に針を振ると悪くなることに繰り返しだった。モノサシを相手に渡すのだから、それは必ず満たさないだろう。そして自分を取り戻すためにまた自分ファーストに戻る。
考えようによっては、自分ファーストで行動しても大丈夫な基盤を苦労して作り上げたとも言えるんじゃないだろうか。悪口を言われる人というポジションは悪口を言われない人というポジションより自分にとってストレスは逆に低いのではないか。
だって、自分のモノサシで行動した結果なわけだから、足元はしっかりしている。そして、いつも中立のポジションの人、つまりわたしを好きでもないが嫌いでもない人、関わる場所にいないからとりあえず当人に迷惑をかけない範囲で生きててくれと思うような人は多い。
そういう日和見がいるかぎり、とりあえず世界は白と黒とに分かれない。もちろん、団体の存続とかタイトに決断を迫られることはあって、そのときは安泰ではないだろうが、世界は広い。わたしがわたしのままでいられる場所に流れていけばいいのではないか。
そんな受け身で人間との結びつきへの希求も弱いので(弱いというより諦めている)、薄っぺらい人間関係だけ手数に揃えている。責任を持って行動し続けてきた人の立ち居振る舞いが身についていない。そこが、直すとしたら直すべきところだ。諦めることを諦めて、ゲームに真面目に参加するのが変えるといえば変えるべきところだろう。
しかし、その達観が、自分を生かし続けてきた方法でもある。余計なことを考えずに、次の目標に忙しくしていれば気も紛れる。悩みが多い人はヒマなのだというのは間違いなかろう。
こんな感じにものを考えるのはとりあえずいま、差し迫ってすることがないからである。そのおかげで「とりあえず自分の延長線上で生きる」という方針をひらめいた。
めっちゃネガティブに思考が振れるときもあれば、ポジティブに振れるときもあるわけだ。ではその境目はどこにあるかというと、知識と教養なんじゃないかとなんとなく思った。感情の井戸に閉じ込められないのはこれまでの知識が支えてくれている。ネガティブから抜け出せない人は本の読み方が足りないんじゃないかと思う。
と、今日の思考も泳がせてみた。起床したあとは、また「生活する」というプラクティカルな人生の側面が待っている。考えていることと、実体を持った肉体とを擦り合わせていくこと、この無作為に与えられた命の乗り物を操作していくゲームへの参戦だ。
高らかに喇叭の音が鳴る。「実践」は本当に苦手だ。でもやらないで見ているだけなら生まれる必要はなかったし、自分は一度生まれてみたかったんだから、どんなものか分かるのもまた経験だ。これはこれなりにいいんだと思う。それは、世界に具体的に関与するチケットを持たされたということでもある。
わたしが存在することで、なにかに影響が出る、世界がよい方に変わる(願わくば)というのが生まれてみたいと思った初志なんじゃないかと思う。それを忘れないように。基本は遊びに来ているのだ、リアルに巻き込まれるために。さて、おもしろがっていこうじゃないか。
【進捗】
・家族の1周忌がGWに決まった。
・本を読む環境を整えるために必要そうな Amazon のグッズを検索して楽しんだ。
・蓄財はとりあえず証券会社に行ってから!
【満足】
・現状の不備で追い出されるよりも速く、未来を展望して華麗にジャンプする。
【希望】自分で勝負したい
・自転車なんとかしよう→駐輪場の契約だ
・自分を乗りこなす対応力を高めたい
・美容
・運動
・怖さの思い込みを外したい
・自分を「作品」にしたい
・系統だったものを選びたい
・人生の説明を分かりやすくしたい
・つじつまを合わせたい
→とにかく整理整頓

【泳ぐ思考】
うっかり東京を歩いている。恵比寿の用事の次は丸の内なんだけど妙に時間が空いている。7㌔の道をお散歩がわりに歩いてみよう。
広尾〜六本木〜麻布〜溜池。たいして歩いてもいないのに次の街次の街が現れて飽きない。わたしの職場は最寄りの駅から5㌔離れていてバスの便が悪いから、ときに何もない道を(畑のなかを)焦れて歩いたりする。同じ時間なのに見るものが違う。
畑の田舎っぽさと都会の洗練の違いもあるが、自分が「ああここはいい、のびのびする」と思うのはサイズの違いだ。
たとえば歩道。畑のなかの路肩の歩道の5倍はある。横断歩道の上だってぐんと広い。建物も大きい(六本木ヒルズや森アークビル)。
都会の物価を気にしてドトールに入ったけれど、席と席の間が離れてパーソナルスペースが広く取られているし、椅子は革張りだ。これで小岩と同じ値段のコーヒーを出すのか。家賃代はどうするんだ。単価が同じならもっと客数入れないと賄わないだろう。
ああいつもこういうところにいたい。あらゆる面で閉じ込められるのは大嫌いだ。人はゆとりを求めて田舎に行くという。断言するが、田舎は確かにだだっ広い。だが、何もないのだ。何もないってことは、あるもの同士がとっても近くで、密なのだ。それ以外ないんだから。
木曜日に、来年度の人事の配置替えがあって、いじめっ子のいるチームに配属されることが分かって昨日はメンタルに下がって寝込んでしまった。いま晴れた空の下、明るい暖かな「人工的な空間」で(田舎は自然の草や土に侵食されている)、箱の外を満喫している。
わたしたちはいつも箱の外に開かれている。箱とは他者が見る景色だ。無数の箱に閉口してたどりつく私の見る世界は誰もジャッジしない、あるがままの世界だ。ただ生きている喜びを邪魔しに来るな。いのちは短いのだ。
【進捗】
・恵比寿の用事は外人と英会話だった。英語を完璧に話す日なんて来ない。この課金した分が自分の英語力となって収入になるのだが、自転車操業もいいとこじゃないか?日本語だったら造作なく話せるのになぜ私は英語を教えることを選んだんだ?
・英語の本は読み続けている。146ページまで。推理小説なのでメモを取らないと登場人物と被疑者の関係、アリバイの整理がつかない。ジャンルの選択を間違えている。
・蓄財の整理整頓が頓挫している。生命保険にいくら投じるか悩みすぎて先週はろくに眠れなかった(4%の年利と史上最安値の円はどこまで相殺するのか)。
【満足】
・現状の不備で追い出されるよりも速く、未来を展望して華麗にジャンプする
→歩いている(動いている)とき不安から抜け出ることができる。現状逃避ではあるが、若者はだから一生自分が生きてられると勘違いできる。何十年も生きるビジョンを描いてその実現に勤しもう。生命保険を考えると自分の人生はあと20年くらいで、その範囲で何ができるかと切羽詰まった気持ちになる。どのみち死ぬのだ。戦々恐々としてそれが今日か明日かとまとめる方向ばかり気にするより、散々散らかしてる今を楽しむほうが最終的にちゃんと生きたって呼べるんじゃないか?
【希望】自分で勝負したい
・バイクのシーズンが始まる
→朝ばたばたして自転車に乗り損ねた
・貯金と投資
→NISA貧乏にならないように慎重に
・自分を乗りこなす対応力を高めたい
→「The Circle」のそもそもの参加者はコミュ力、言葉が上手な人が腕試しに来ているんだ。人間力は外見なのか?言葉なのか?誠実さなのか?そんなことを試す社会実験なのだ。ミスったらその都度手ばやく謝ってメンテナンス。人間関係はフットワークが軽いのも大事らしい。しみしみと消化している。しばらく新しいドラマを見たい気にならない。
→不愉快を受け止めない人でいたい
昨年度の人間関係を辛くも乗り切ったのは、まさにこのスルー力だったと思う。挑む者、罵詈雑言を言う者、人の評判を落とす者がいて大変だった。わたしが戦略として「天然」を採用している必要悪として引き受けるのは致し方ないと諦めてはいるが、しかし、腹立たしい輩たちだ。
→理想に足りない自分を労う
・怖さの思い込みを外したい
→信用する練習、ある程度のところまで修復させる練習をしよう 長生きしたいからな!
・自分を「作品」にしたい
・系統だったものを選びたい
・人生の説明を分かりやすくしたい
・つじつまを合わせたい
→とにかく整理整頓

【泳ぐ思考】
「ザ・サークル」配信されている分まで全部見終わった。
前回シーズン3までレビューしているのでその続きの感想から始めるのが筋かと思うが圧巻だったので全部総じて考えたことを書きたいと思う。
以下、ネタばれます。
シーズン7はプレイヤーの駆け引き、番組側の仕掛けの完成度が高かった。これは突然シーズン7を見ても分からないはずなので、見る人はやはり最初から見たほうがいい。
初期のプレイヤーは(少なくともシーズン3までは)とてもナイーブだった。というか、シンプルだった。シーズン1ではもっとも人格に優れた人に票が集まり、シーズン2では敵と味方がはっきりと別れて互いの交流は見られなかった。シーズン3でプレイヤーは相手に謝ることを覚えるが、シーズン4まで味方を裏切ることはまずなかった。
そこらへんまでは「なりすまし」と呼ばれる自分のプロフィールを偽るプレイヤーが悪とされて排除のターゲットにされた。黒人同士の結び付き(特に男女のペア)が特に強く、最後の5人(ファイナリスト)に選ばれる人が中盤で予測がついたし、途中から参加するプレイヤーはほぼ残ることはできなかった。
シーズン3の「なりすまし」は「なりすまし」なりに誠実で自分に自信がない者がなったものだった。が、シーズン4からは様相が変わる。番組に無理やり他人のアイデンティティを与えられてしまった者がそれでもゲームに勝つために策を練る。望まないフェイクにされてしまった者はその時点で自分の矜持を踏み越えてしまっているので歯止めがない。
裏切りをして終わってから「ゲームだったんだもの仕方がなかった」を悪びれる様子もなく言う美男美女の裏切り者は「かっこよかった」。
それを見て参加したシーズン5のプレイヤーのなかには真似をする者が出てくる。それでも裏切らない相手(特にマイノリティ同士)が小さいグループを作って壁を築き互いを守り合うのが勝ちへの王道になっていた。
シーズン6から舞台はアトランタに変わり、意匠も変わる。黒人の数が圧倒的に減ったことに驚いた。新規に参入するプレイヤーの数が減り、比較的初期からいるメンバーのなかだけでメンバーの精選と排除がメインになる。人気のある人を残すのではなく、人気のない人を追放して相対的に自分を勝たせようとする動きが出る。がんじがらめになった人間関係のなかで揉めるたびにあとから謝る気遣いの人が勝った。
そしてこのシーズンは勝つためにウソをつく者が現れる。それも「勝つために仕方がなかった」として許されようとする。人づてに「あの人がこう言っていた」と聞く情報が真っ赤なウソなのだ。存在がウソだけれど言っていることはホントなほうが1000倍マシだ。さすがにこれはダメだろう。
そのデマだらけのなかで勝利することができたのは、他所からデマを吹き込まれても「あの人に限ってそれはない」と相手を信じることができた者だった。自分自身も世渡りだからとウソをつき、口先の友情を何度も吐きながら、きちんと守るものを見分けていたのだ。
政治もここに極まれリ。かつては敵対した相手とあらたに交渉して味方につける入れ替えが行われもはや誰が味方か分からないなかで信じられる人を見つけるアンテナと振り切る勇気。
自分は人を信じないことで安寧を得ているが、ちゃんと見極める気概を持つことが大事なんだと思った。人間不信などと言ってはいられない。ちゃんと!袂を分けた人間とも!ふたたび何度もアプローチして!作っていくんだ。新しい明日を自分の手で!
【進捗】
・スマホのゲームを止めることを止めた。というか、「サークル」の視聴が忙しくてやっている暇がない。
・週末に外人に日本語を教えるボランティアを始めたが、連休でお休みなので息継ぎ
【満足】
・現状の不備で追い出されるよりも速く、未来を展望して華麗にジャンプする
→前に進む原動力 負けるな女の子
【希望】自分で勝負したい
・キャリアに日本語を組み込む
→国語の免許も取ってみる?
・バイクのシーズンが始まる
→週末は自転車優先にしよう
・貯金と投資
→NISA貧乏にならないように慎重に
・自分を乗りこなす対応力を高めたい
→言葉を磨く
→不愉快を受け止めない人でいたい
→理想に足りない自分を労う
・怖さの思い込みを外したい
→とりあえずやってみよう
・自分を「作品」にしたい
・系統だったものを選びたい
・人生の説明を分かりやすくしたい
・つじつまを合わせたい
→とにかく整理整頓
「なりすまし」の人と最初の段階で組まないことがゲームで勝つための方略であり、「なりすまし」にとってはたとえ「なりすまし」と分かってもその奥を信じると言ってくれる長閑な人を見抜くのが方略となる。

【泳ぐ思考】
身だしなみを大切に。それが最大の対処法と思えてきた。あなたがくれるところまでもらうことにする。あなたは好きなようにしていい。

【泳ぐ思考】
ここ1か月ばかり生命保険に悩んでいる。わたしの好きな友だちの友だちが営業で、義理のない人と契約するよりはいいかなと思ったのだ。しかし、考えはじめてみるとお金に関することは結構「沼」で決められぬままにズブズブと無限インプットに堕ちている。



