こんにちは。 各地で雪も降り、寒い日が続いております。
皆様、お変わりありませんか?

 

長~く、長く blogも更新しておりませんでした笑い泣き

 

FBやインスタ(これもきまぐれに近い…タラー)で

繋がってくださってる方は

近況は色々知ってくださっていると思いますが、

私にとってこの数か月は

ほんとに「命の学び」を身を持ってさせて頂いています。

 

義理の父を10月に看取り、主人と共に喪主としてお見送りをしました。
そしてそれと共に、今も尚、がんと闘う母の介護をしています。

母の最初のがんはもう5年前でしたからそれからともなく、

共に闘ってきたことになりますが、いわゆる両親の「余命宣告」を

受けてからのこの一年は、さすがの私も苦しかった。

 

今までも、少しだけblogに母のがんのことは書きましたが、

ベッドに伏せがちになった母が、唯一携帯でネットを通じて

いろんな世界を見に行くことを楽しみにしておりました。

しかも、母のその宣告を受けたことは、私たちは本人には伝えていません。

 

母が、万が一私のblogや何かを見たら、

また、本人は最初周りに知られたくなかったので
ここからいろんな情報が勝手に飛び出して、母を傷つけてしまったらと思うと私もポロポロとたまにはこぼしたい思いも、一切、周りには伝えられませんでした。

 

今の心境や様々なお手当のこと、色々、書きたかった。

でも、パソコンに向かうたびに、手が止まり、書けませんでした。

 

 

でも、今日、こうして久しぶりに書こうと思ったのは、

母がくれた奇跡キラキラを、無駄にしたらいけないと思ったからです。
そして、この数年の私の学びを待っていてくれる人がいたからです。

 

母は、実はお誕生日が12月31日。そう、大晦日。
もうすぐ一か月が経ちそうです。

この日を迎えられるなんて、医師も看護師さんも

思ってなかったでしょう。

 

でも、私達家族は、願いました。

絶対、皆で迎えられると信じました。

 

無理だと思ってた夏が過ぎ、秋が来て、冬に入り…

わずかに現実に見えてきたその時を、希望の光として

もちろん本人は知りませんが、ただ、

「65歳にならんと年金貰えないから頑張らないとね!」

と、冗談を言いながら、目指してきたその日。

 

 

母は、65歳の誕生日を迎えました。
家族皆が、嬉しさと、やっぱりまだまだ生きていてほしいという欲を
捨てきれない悔しさに涙を流しながら、

皆で母の病院に出向き、その奇跡の日を過ごしました。

 

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母は日に日に弱っていますが、すごい生命力で私たちに生き様を

見せてくれています。

 

久しぶりに連絡をくださった方がいました。
お母様が肺がんステージ4 

 

がんは今や二人に一人と言われます。

でも、自分や家族にその当事者がいなければこんなに

身近な病気なのに、皆、仕方ないけど他人事。

自分事となって初めて、色々、気づきやスイッチが入るものです。
 
そう、知人が私に求めたことは、「家族としてできること」
がんを治すとか治さないとかじゃなく、
そりゃあ治ってほしいけど、それが本音だけど
癌もきっと母にとってはどこかで本人が選んだ人生なんだろうし
私たちはそれも全て受け入れなくてはならなくて。
 
でも、
少しでも抗がん剤の副作用を軽くできたら
少しでも痛みを取り除けたら
少しでもその人の笑顔が見れたら
少しでも穏やかな日が送れたら
 
そう、
私は、この五年、こればかりを考え、癌への代替医療でのアプローチを
必死で学びやってきました。
 
それが今の生存率に繋がってきたかはわかりません。
でも、やって無駄だったとは思っていません。
 
わかっています。それは家族のエゴかもしれません。
でも、本人が生きたいと願うなら最期まで家族ができることはあります。
がんへのアプローチは、むしろ、家族の協力がないと
難しいかもしれないと、私は思います。
 
そんな、ご家族のお役に立つべく、私もなんかやるべきことが
見えた気がします。
 
知人のお母様にはすぐお会いし、一回目の抗がん剤治療後でしたが
テルミ-治療をしにいきました。
テルミーを抗がん剤の前後にかけていると、副作用の反応が
変わり、身体が楽になります。
初めてのテルミーの中、気持ちいいと、すやすやと眠りについてくださいました。
 
これから少しづつ、そんなお手当体験や実践記録を書いていきますね。
 
皆様のお役に立てると幸いですクローバー