大学生娘は結局今回、5月下旬から6週間あまり滞在して療養したわけですが、毎回毎回帰ってくるのは症状が「ヤバイ」時。3月頭の時も、4月頭の時もそうだった。5月の連休直後は躁転した状態の時だったし、今回はこの何回かでもっとも深刻な状態でした。

大概うつ期に入って落ちた時に帰ってきますが、もれなく希死念慮があり、メールや行動もそれがもろに出ています。

周りの人々に支えられ、諭されて療養に帰ってくるのですが、今年の2月末から何度も繰り返すので、いよいよもって「実家に帰ってじっくり治療、療養するように」と言われ、「それもそうだな」と納得して帰ってきたのでした。

前期はゆるく授業を入れていたのだけれど、それすらもしんどくなって行けていなかったようです。
娘にとっては、ここで頑張っておかないと、このままでは4年で卒業できないかも、というのがプレッシャーになったようです。

何もね、絶対4年で出なくていいよ。

浪人したと思えば1年や2年遅れたぐらい何さ。

と、繰り返し伝えているんだけれど、こればっかりは本人が納得しないとねえ。でも、大事なことだから繰り返し繰り返し言うんだけどね。

こっちはちっとも困らないよ。

ってのを伝わるまで何度でも言うよ。

というのが奏功したのかどうかは定かではありませんが、とにかく帰ってくることになった。

今回は、希死念慮がひどくて、何をやらかすか分からなかったし(毎回この懸念はありますが)、本人もたいがい疲れたのかもしれない。治りたいよね、そりゃあ。
というわけで、「入院も念頭に」と、地元クリニックを受診したのでした。

地元クリニックは入院設備がありません。
なので、入院ということになると、別の大きな医療機関ということになります。

大きな医療機関もいろいろあって、例えば大学病院なんかは他の科の患者もいるせいか、それほど違和感なく過ごせるようですが、精神疾患専門の大きな医療機関となるとそうはいかない。「精神疾患で入院経験のない人にははじめは衝撃的かもしれない」と前置きされましたから。

それでも、通院、投薬には限界を感じていたので、入院すればどの薬が合うのかじっくり試してもらえるし、事を起こそうとしても監視の目があるので最悪の事態は免れる。

もうそこまで追い詰められていたのです。

大学病院は待たされるけれど、ここは緊急性のある患者をすぐに受け入れなければならない位置づけの病院。
すぐに連絡を取ってもらい、入院の準備をしてその病院に向かったのでした。 

うん。

確かに、全く経験なければ一言で言えば「引く」かもしれない。 

閉鎖病棟とおぼしき棟から叫び声がたびたび聞こえてくるし。
娘もかなり緊張していたよう。そりゃそうだよね。 

そこで、担当の医師と約1時間ほど面談しました。
かかりつけ医の申し送りもあったので、一つ一つ確認のような形での面談。
それに一つ一つ答えていく娘。
 

ひどかった時の記憶が曖昧な部分もあるけれど、まあまあきちんと答えていて、落ち着いていました。 

長い面談が終わって担当医が下した結論は「今は入院するほどではない。今かかっている先生のところに通いながら様子を見るぐらいでよい」。 

思い切って通院では使えない薬の可能性なども相談しましたが、自殺を防ぐには、眠らせるのが一番というのがとりあえずの対処法とかで、そうなると昼なのか夜なのかも区別なく、だらだら眠り続けたり、ぼーっとして過ごすことにもなりかねない。
それでも、本当に死のうとする人にはそうするしかないにしても、落ち着いて徐々に普通の生活に戻していくのは至難の業。
ましてや、病院で回復したところで、次は現実社会への適合でまたまた苦労することにもなる。 

そうだよね。入院したら、現実社会になじむまでにいくつものハードルを超えないといけなくなってしまう。
自宅療養だったら、そのハードルが1つ少なくなるということだし、昼間は家族が出払っていても、とりあえず様子を毎日確認できる-。
 

というわけで、入院はせずに帰ることができました。 

結果的によかったと思います。


でも、まったく安心はできなくて、そこから「いつごろまで療養する」なんて先の予定が全く分からなかったけどね。
しかし、不思議なことに、私自身はその辺はまったくあせりはなかったですね。
何となくの感覚で、「後期が始まるまでに調子が良くなればなあ」ぐらいは思っていたかも。

こんな目標めいたものも、当初はまったく考えてもいなくて、しばらくしてから「7月中旬からの前期試験まではどうかな」とか「7月上旬のおじいちゃんの一周忌までは?」「高校生娘の発表会まで?」「6月いっぱいは」などのぼんやりした区切りの地点が頭をよぎるようになりました。 

そのころにはすっかり落ち着いていまして。 

薬を変えてもらってそわそわ感がなくなったあたりからかな。 

一時は今の大学が合わないので辞めて、別大学に入り直すとか揺れていた時期もありましたが、「今から勉強してたんじゃ、どう考えても今行っている大学よりレベルが落ちるとこしかいけん」「今の大学は就職活動など手厚い。このご時世に就職率が100%に近い」「関西では一定のステータスがある」ことなどを冷静に考えるようになりました。 

もともと、自己肯定感が極端に低い娘は、今の大学に入ったとき、一気に自信が付いたといっても過言ではありません。行きたかった大学に合格しただけでうれしかったのに、それが実は、世間の人だれもが一目置く学校だった、というのが誇らしかったのでしょう。 

でも、いざ通っていくうちにやりたくないことやいやなことにも遭遇します。なんにつけてもオールオアナッシング的な傾向のある娘には、ちょっとしたつまづきが思いの外しんどかったのかも。

だから病気になったのか、病気だからそうなのか見極めるのは難しいところだけどね。 

誰だって、やんなったらリセットしたくなるよね。その傾向はちょっと強いかも。
で、やりとげられず「あーもうだめだあ」ってなっちゃう。

リベンジ、しなくていいよ。
そのままそのまま。 

ってのを繰り返し繰り返し伝えるしかないかなあ。