私の私への言葉掛けは、すべて愛
あなたは、何かをした時、考えている時、常にでも、頭の中で自分にツッコんだり自分に対して思ったりすることありませんか?例えば、『まだゆっくりブログ書いていたいなぁ』と思っているけれど、↑「いやそろそろ自分のことやめて、朝ごはん作ろうよ」とツッコミのように自分に思うこと。自分への言葉掛け「セルフトーク」といいます。これが厳しい人は自分にとにかく厳しい。Instagramできれいな写真を見て『すてきー!!行ってみたい』と思う。↑「お金は?時間は?子どもたちいるのに? ゆっくりできないよ?それよりすることあるよね? やることやってからじゃないのに行こうとしているの?」と私の場合、一つ感じたことに山のようなツッコミが来ていて、それをしっかり受け止めすぎて『そうだよね、やめよ』と行動をいつも自分で制限していました。この自分への言葉掛けは、自分の『今まで』を保つため『自分ルール』を守るためにしているんだろうなと今は思っています。私はこのセルフトークが厳しくて厳しくて私を縛り付けていつも「やっぱりできない私」「私には無理」を思わせたり「こうするべき」「こうしたほうがいいはず」と頑張らなくてはいけないことだらけで苦しくさせるものだと感じていました。そうイメージは私のおじいちゃんで、おじいちゃん、すごく厳しかったんです。靴はそろえなくては怒られるし、騒いだりしたら怒られるし、おかずがあるのに、ふりかけ掛けたら怒られるし(笑)姿勢が崩れたら怒られるし、細かい日々のマナーから私の行動もすべて逐一注意してくる。それが私は窮屈で、でも反抗したら、おじいちゃんの怒りの矛先がお母さんに向くから、それは嫌でだまって従っていた。そんな感じのおじいちゃんが頭の中にいる感じで、私が感じたこと、思ったことに逐一ダメ出しをしてくるのが私のセルフトークの中身でした。頭の中はとにかく否定の言葉だらけで、自分の言葉で毎日毎日心地悪くさせていまいした。ずっとこの頭の中の否定する自分をどうにかしたくて受け止めようとしたり、違う言葉かけを意識してみたりしたのです、がなかなかうまくいかず苦しさがかわらない日々でした。でもある日、この言葉たちって何のために言ってくるんだろう?と考えたら/私を守るため私を幸せにするため私を安全に生かすため なんだ\と感じたんです今まで生きてきて、こんな自分だったら、いい子だと思われたこんな自分だったら、愛されたこんな自分は、怒られるこんな自分は、嫌われると経験からそう思い込んだ↑ここ思い込んだだけなんです! そう感じる経験があったかもしれないけれど、 そんなの絶対じゃない、 そういう経験があっただけ!そんな今までの人生で見つけた自分なりのルールを守らせることで自分を安全に安心して愛されて過ごせるように一つ一つ自分に声を掛けているのだと。きっとおじいちゃんもそう、私がほかの人に嫌われないように私が生きていく中で困らないようにみんなに好かれるように愛しているから、大事だから私に注意していたんだろうな と今なら思えます。同じように私も私のことが大事なんです。だから今までの経験から培った愛されるリストを実行させようと自分を守ろうと、いつもいつも私に言葉をかけているんだなと思います。そう思うと、今まで不快にさせて自分なんてと思うだけのセルフトークが愛のあるものに聞こえてきて、もっと私に私が優しくなろうと思えてきたことで、私はすごく生きやすくなりましたもし、自分の中の言葉が否定であふれていたらそこに愛があること自分を幸せにしたいと本当は思っているんだということを意識してみるといいと思います読んでくださってありがとうございます読んでくださった方が少しでも ゆる~く幸せを感じて過ごせるようなヒントになったら嬉しいです