檻に入った町家 再び飾磨街道に戻って北上します。 姫路周辺ではよく見かける、2階の軒下が階段状になった町家です。 元は2階正面全体が美しい緑の銅版で覆われていたのだろうと推測されますが、補修の手が入ってしまっていますね。 それにしても、1階の白い鉄骨は何でしょうか? 屋根の所にはビニール看板が付いていたのだろうと思われますが、 足元の棒がどうにも気になります。 名称:未確認 設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳 場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.12 RICOH GR DIGITAL II
煉瓦塀 亀山御坊の西に山陽電鉄本線の線路があります。 よく見ると、その脇に半分破壊された煉瓦塀が。 敷地内には建物は有りませんが、庭木のような樹木が残され、 写真には写っていませんが門柱も残っています。 大きなお屋敷か、ちょっとした工場か、今となっては分かりません。 名称:不詳設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.12 RICOH GR DIGITAL II
亀山御坊 飾磨街道から道一本西側に下った所に亀山御坊(本徳寺)があります。 元は英賀城下にあったものを、英賀城攻めの戦禍を逃れる為に秀吉から寄進された亀山の地に移転したという話です。 お城のような造りなのは、戦国時代に僧兵を抱えていた名残かもしれませんね。 名称:亀山本徳寺設計:不詳 施工:不詳 竣工:1580年以降場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.12 RICOH GR DIGITAL II
朽ちてゆく 飾磨街道を歩いているとこのような無残な建物に出会いました。 綺麗な格子や側面の壁の低さから察するに、明治以前の町家だろうと思われます。 ご近所の方にしてみれば、このような危険建築は一刻も早く撤去してほしいところでしょうが、レトロマニアとしはこのような姿でも1日でも長く残ってほしいと願わずには居られません。 建物にとって一番良いのは維持管理されることですが、自然の成り行きに任せてたどり着いた侘び寂びの境地にも捨てがたいものがあります。 こうなってしまえば撤去されるのも時間の問題なので、最期かもしれないと思って必ず写真に収めるようにしています。 名称:未確認 設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳 場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.10 RICOH GR DIGITAL II
和洋折衷 飾磨街道を脇道に入ったところにありました。 和洋折衷ですが、和も洋も主張が弱いですね。 凝った装飾や技巧が少ないことからおそらく戦後の物件と思われます。 (戦前でもこのような物件を見かけることがあるので、断定は出来ませんが) 一見、銭湯のような玄関ですが扉は右にひとつ。 それにしても、一般住宅にしては造りが妙ですね。 名称:未確認 設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳 場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.10 RICOH GR DIGITAL II
差出箱1号(丸型ポスト)のある建物 1949年~1970年にかけて製造されたポストです。 子供の頃(昭和50年代)は角型のポストは少なく、ほぼ全部これでした。 今では殆んど角型になり、ずいぶん少なくなりました。 建物の全景を見てみると、角地だからなのか、ポストを設置する為なのか面取りがされています。 建物に寄り添ってポストがあるといった塩梅で、どちらか一方でも欠けると寂しいだろうなと思いました。 ちなみに、隣に見えるのは前回の虫籠窓の町家です。 名称:未確認 設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳 場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.10~12 RICOH GR DIGITAL II
虫籠窓(むしこまど) 今回も飾磨街道を少しづつ北上しています。 虫籠窓(むしこまど)をkotobankで調べてみると「虫籠格子を入れた窓」となっていました。 これでは何のことだか分からないなと思いつつ、他のサイトを見ていると 「かたちが虫かごに似ているので名づけられたといわれています」とありました。 単純だけどそうゆうことだろうなと、妙に納得できる説明ですね。 構造は出桁造り、外壁は塗屋造りですね。 軒下まで漆喰で綺麗に塗りこめられている様は、姫路城を彷彿させます。 屋根裏部屋のある塗屋造りなら、たいてい虫籠窓がついているといっても良いでしょう。 二階建てが普及し、大きな窓を付ける事が出来るようになった大正時代以降 ガラス窓の普及とあいまって虫籠窓は姿を消してゆきました。 名称:未確認 設計:不詳 施工:不詳 竣工:不詳 場所:姫路市飾磨区 撮影:2013.10~12 RICOH GR DIGITAL II