あの日から35年 | JW 2世の保健室

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教室に行けなくなった人のために

Wikipedia 「6 月 6 日

  • 1985年 - 川崎市で、交通事故で大けがをした小学生が、エホバの証人信徒の両親が信仰上の理由で輸血を拒否したため、出血多量で死亡。

 

亡くなった児童は1985年当時10才、生きていれば現在45才でした。献身すらしていなかったのに、カルト宗教の愚かしい教理ゆえに失われた命。今日、ご家族以外に彼のことを思い起こし、偲んでくれている人は果たしているのでしょうか。

 

 

ものみの塔2019年2月号「愛と公正 古代イスラエルにおいて」

14. カナン人について考えましょう。...崇拝の一環として,...子どもを犠牲にするという恐ろしいことをしました。イスラエル人も,エホバを無視して偶像を崇拝するようになった時には堕落し,子どもを犠牲にしました。...エホバはイスラエル人に対し,無防備な女性や子どもを食い物にする人々を処罰すると警告されました。

 

子どもを犠牲にすることがエホバ以外の神を崇拝する者たちに見られる問題であるかのように書いていますが、輸血治療を拒否して未献身の子どもが命を落とすなら、それもまさに「崇拝の一環として子どもを犠牲にする」ことに他なりません。

 

 

そして、「復活があるから取り戻せる」という問題でもありません。そもそも復活した本人が必ず神の崇拝者になるという保証もなく、「ハルマゲドンで死んでしまった友人たちとあの体制で生きていたほうがよかった」と考えるようになるとしたら、復活は本当に「失われたものを取り戻す過程」になるのでしょうか?

 

 

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