滅茶苦茶を伝えるのは、

情熱という恐ろしい、

結果の悲惨さにある。

人が賛美するほど愛とは、

可愛らしいものでなく、

何もかも受け入れて欲しいという、

自惚れであり、心の侵入でもあろう。

地下室の狂気、愛と美の発狂、

文学的人間や、心理的人間にとっては、

糧ともなり、互いにやっていけるかもしれない。

そう多くの心の病とは、

愛されたい、認められたい病の、

その訴えであるからにして、

興味つきることはないのだから。

ただ名もなき詩人、

ようは、本物の詩人及び詩的人間は、

性欲、体を過度に否定し、

それそのものに、他人が疑念や罪を、

感じさせぬことだ。

否定、過度の性的露出も然り。

美とは隠れた、隠れているものに、

感じやすいのだから。



尊敬すべき或る情熱への言葉

「私は滑稽の結果になる情熱しか、情熱と認めない」