スポーツによって色々応援の仕方も違い、その応援マナーも一概にいえませんが、昨年クルム伊達選手が観客のため息に抗議したことを覚えていますか?

日本人の応援マナーの悪さは以前から指摘されてますが、サーブを二本連続でミスった時、会場からの大きな溜息にクレームをつけました。

翌日のメディアで取り上げられましたが、多くはそういう事実があったという記事が多かったのですが、ある大手メディアは、クルム伊達、何様?みたいな書き方をしてました。

高いお金払って見にいってるのだから、応援してるのだから、プロなのだからみたいな完全に上から目線の記事でした。

様々な意見があると思いますが、人を褒めるより批判しがちな日本人の特徴がよく現れたケースだと思います。

プロ野球の試合は、激しい野次が飛びます。王監督のように卵を投げつけられたこともあります。

でもプロ野球はスポーツというより娯楽性が多分に含まれてます。

皆さんの息子が甲子園で、または甲子園を目指して戦っている試合でビールを飲んで応援しますか?

それにプロ野球選手は何億という報酬もうけてます。

だからプロ野球と他のスポーツの応援を一緒にするのはおかしいと思います。

選手にとって応援は非常に大きな力になります。

ホームとアウェーでは大きな違いがあるように、間違いなく大きな力になります。

ただ、逆のケースにもなりかねないのです。

その一つが溜息です。

一生懸命応援してるがゆえに、大事なところでミスるとどうしても溜息はでます。

でも選手もミスをしたくてしているのではありません。

一番しまったとと思っているのは選手。

そこに会場から輪を掛けたような溜息。

選手のモチベーションは益々下がります。

このことは、日常生活、会社組織でもよく見られる光景です。
今日はそのことには触れません。


応援しているつもりが、逆に選手の足を引っ張っているのです。

基本的にマイナス思考の日本の教育。
世の中全体が他を批判することに、上から目線でみる傾向がありますが、スポーツにおける溜息はその象徴でしょう。

今回なんでこんなことを書いたかというと、先の世界卓球の応援でものすごくそのことを感じました。


次の写真は試合が始まる前に、応援団の人が一生懸命、注意点を説明しているシーンです。


photo:01



特に二番目は卓球独特のものですね。

よく選手がネットイン、エッジでのポイントの時、手を上げてソーリーという場面です。


そして、三番目溜息。

このことは応援団の人が仕切りに強調されてました。

試合中でもやはり溜息はでます。
その時に大きなプラカードで静かにしてくださいとさかんに制止する場面は多々ありました。

外国の応援団は溜息は出ないのか?

必ずしもそうではありません。
大事なところでのミスは、やはり、
日本語で言えば、
あっ、ありゃ、オイオイ、みたいな声はでます。

でも違うのはそこからです。

たとえそういう声がでても、すぐにそれ以上の声で、ポイントが入った時以上に大きな声で、ドンマイドンマイ、次いこう、みたいな感じで立ち上がって声をかける人もいます。

もちろん日本人にもそういう人沢山いますが、残念ながら溜息で終わる人が多いです。

二番目のケースでも、拍手する人が多いのも事実。
相手のミスを喜ぶような拍手が多いのも事実。

単一民族のゆえでしょうか?
一つにまとまる文化は素晴らしいですが、相手を讃える、相手に対する思いやりは自分が不利な立場な時に苦手な民族かもしれません。

同情するのは誰でもできます。
自分のライバル、隣の子供が自分の子供より成績が良かったら素直に喜べますか?

同情は上から目線、
褒めるのは下から目線です。

すみません、話が飛びました。

かという私も試合中、溜息はでます。
時には、何しょんねん、みたいなことも言います。

卓球の応援に参加して反省させらました。

特に外国人の応援、特にオランダの応援が相手の得点にもかかわらず、どっちが点をとったかという位、立って拍手して応援していたのが印象的でした。

私もああならなくちやと本当に思った瞬間でした。







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