幸せを感じるかどうかは心持しだい。

ということを痛感しました。


みつを先生の影響を受けた...

というわけではないのですが...


ないものねだりをせず、

今あるものを存分に活用して

前に前に進もう。


人を変えるより、自分が変わったほうが早いです。

でも、立場上文句を言わないと

いけないこともありますが...


決めたことを守って、まっすぐ積み上げていこう。

先のことを予測できる、というのはすごいことだ。
少なくとも科学者が日々目指しているところである。


より普遍的な法則の発見と正確な予測にこだわり、
誰がやっても同じような結果になること、
より真実に近いものであることにこだわるあまり
クラシックな科学はミクロなほうへミクロなほうへと進む。


うさぎの◎◎にある××酵素にこんな働きがある!


とかそんなやつだ。


もちろん科学者は命をかけて研究している。


無駄なことはしていない、と思う。


ただ、それは人の生活には直結しない。


基礎科学は長い目で見て、広く深く育ててほしい。





それに対して、社会を予測する人たちがいる。


あまりに不確実な根拠や、
必ずしも皆にとって明らかでない前提を使って
誰にでもわかりやすい結果を導くから
どうしても賛否両論となる。


カリスマ性があると新興宗教に近くなるんだろうし、
権威ある組織の人の予測が当たるとは限らない。


でも、本当に世の中を言い当てる人がいる。
クラシックな科学者としては、心からすごいと思う。


昔を思いだして...
当時は私自身の無知で気付かなかったけれど
今となってすごい!と思う意見。
知っている人にとっては「当然」でも
世の中のメジャーではなく、今となっては確かにと思える意見。
次の2つが思い浮かぶ。



1つ目は小泉氏の「郵政選挙」の際に、
規制緩和賛成!民営化賛成!!の声のただなか
「善良な国民の何百兆円という貯金を
アメリカの戦争資金にする下準備」
と声をあげた評論家。


実際に日本は彼の言ったとおりになっている気がする。
少なくとも、郵貯資金で国債を買い、国が米国債を買い...
それがアフガン侵攻の資金になったことは間違いない。
その結果、国内では「働いても賃金が上がらない」という
ワーキングプア人口が増え続ける未曽有の不況。


日本人は忍耐強いなと思う。
不況を「地震」や「台風」みたいに思うのかもしれない。
懸命にためた貯金の預け先。どうして貯金に利子がつくのか。
大人として真面目に考えないといけないと思う。




2つ目は介護の仕事への舵切り。
農業・漁業をおろそかにして職業自給率が下がる。
重工業・軽工業の拠点をどんどん海外に移す。
情報関連やサービス業だけでは国が支えられるわけもなく、
資源も少なく高齢化する国で最後に残るのは
「人が人を支える」という仕事。要は介護の仕事。


ただこの仕事、1人の介護者が看られる人は限られているため、
農業や漁業、製造業などと違って「利益」が上がらない。
潤沢な資産を持つ人だけが享受できるサービス
という位置づけにするわけにもいかないからなおさらだ。


労力の割に賃金を上げられない。
公的資金を投入するにしても、
その税金の納め手が高い割合で
その現場で働いているわけだから
抜本的解決(労力をかけずに高賃金)になるはずがない。


仕事がない人は直接人を捧げる介護の職場で
仕事を見つけてもらえれば一石二鳥。
政府が本気で賃金アップにてこ入れするとは思えない
と主張する評論家。


この話を聞いたのは10年以上前で、
その時はそうかなぁ?ずいぶん断言するなぁ?
くらいに思っていたけれど、
リーマンショック、ドバイショック、
100年に1度の不況と騒がれ、
有効求人倍率が下がるたびに、
介護の現場に人気が集まる現在、
この人の言っていたことが身にしみる。


世の中への見方、未来への予測。
私とダーリンはいつも違った見方をするけれど
2人で議論を交わして、成長していきたい。

ダーリンのご実家に遊びに行った。

人が多くて子供がいるというのは本当にいい。


ダーリン一家は親戚も多く、ずっと同じ場所に住んでいるので

皆さん共通の親戚・知り合いが多いから話題も豊富。

小さい子もいるから、本当に楽しい。


自分の実家に帰ると、どこにいっても子供がいないので

常に私が会話の中心で避けるべき会話や進めるべき会話を

判断しなて、MCを務めなければならないので疲れ果ててしまう。

実は前日にダーリンと一緒にうちの祖父母邸に

行ったばかりだからその違いがまざまざと際立った。


本当に、ダーリンの実家は雰囲気も会話も全然疲れない。

楽しかった。


そこで出た話題で、ダーリンお母さんと、ダーリン兄嫁さんは

毎年宝くじを買っている、ということがわかった。

今年は、ダーリンも宝くじに縁があって買うらしい。

私の方もおばあちゃんは毎年楽しみに買っている。

(昨日のみんなでの会話のおかげで、おばあちゃんに

宝くじを買って送ってあげよう、と思いついた)


当たるためには、買う場所とか保管の仕方とかどのくらい買うかとか

いろいろ悩んだり工夫したりすることがあるらしい。

そういえば、うちのおばあちゃん宅でも神棚に供えたりしている...


かくいう私は、「確率」を専門としている。

しかし...宝くじ相手には何の役にも立てないわけで...

なんというか、確率はすべてひとしい、というのが

私が育ててきてしまった哲学なんだなぁとしみじみ実感した。


私は、風水とかその手の考え方はかなり信頼している。

個人的に実生活に取り入れてはいないけれど、

現代科学で測れないだけで、

そういうものは「ある」のだろうと思う。

もちろん、「あり」だとも思う。


長年かけて人々が得てきた「経験則」を誰もが合意できる部分を

抽出して法則化し、科学にしたのが確率論。

それに対して、いろいろな経験を集めて施行を繰り返して

パターンを積み上げたのが風水だったりそれに類する体系だ。

どちらも実はそう大差ない。と思う。


日々科学を学び、その限界と目標を知れば、

科学によって光が当たっていないところが多いことがわかるし、

実はそう大差ないんだなぁと思う。


「宝くじ」を皮切りに、確率をどう考えるか。

変える道々じっくり考えることができた素敵な休日でした。