人には感受性、というものがあって、
まったく同じ話を聞いても人によって
全然違う受け取り方をするものだと思うのだが...
最近ちょっとだけ面白い発見をした。
アメリカ初代大統領(と言われている)
ジョージワシントンにまつわる逸話に
桜の木の話がある。
George Washington's axeと言われる話で、
父が大事にしていた桜の木を切ってしまった
少年ジョージが、そのことを正直に父に告白したら
怒られず、価値のあることだとむしろ誉められた
正直は大事だという逸話。
当時アメリカ大陸に桜の木はなかった
Gワシントン伝の第5版から急にこの逸話が登場するなど、
「実はこれは捏造」だ、という話もセットで有名だが
私は小学校のころこの話を聞いた時
「正直者が大統領になれるわけじゃない」
と思った。
正直をモットーとした人だったのかもしれないけれど
正直に加えて何か別の大きい要素があって、
それを持っていたから大統領になれたんだと。
たまたまその話題になって、周りの友人諸子に聞いてみると
いわゆる「研究者」をやっている友人たちのほとんどが
「正直者であれ」というメッセージとは受け取らなかったとのこと。
大統領が正直で務まるはずがないと思った
正直で秘密を守れない人はやっていけないと思った
などなど...受け取り方は様々だけれど
一様にみんないわゆる「逸話のメッセージ」をそのままは受け取っていない。
メッセージ性が露骨に出ている物語を聞いて
疑ってかかるのが研究者の素養ってやつなのかなぁと思った。
逆に、その話を聞いて「正直はいいことだ」「正直でありたい」、
と素直に思える人は人と一緒に、集団の中で仕事をするような職業に
向いているのかもしれない。(会社員にせよチームスポーツにせよ)
子どものリアクションで職業の適性をみる,,,
小学生が中学生になり、高校生になれば
とらえ方は変わるだろうけれど、
そんな分析もひとつ面白いのかもしれない。