大学1・2年の時は演劇をやっている友人が多くて、

ゼミとか学園祭とかの機会ごとに

演劇を良く観にいっていたけれど、

3年から大学院にかけてほとんどご無沙汰だった。


今年ダーリンが芸術文化の仕事に異動し、

仕事と称してしょっちゅう演劇、コンサート、

古典芸能などを観にいくようになった。

そんなわけで時々誘ってもらって

急に私も観劇にいく機会が増えた。


そんなわけで、この週末、

だいぶ前に買ってだけあった本を読んだ。


平田オリザ「演劇入門」


平田オリザさんの作品を知ってから買った本なのだが、

でもあまりにタイトルが普通すぎて、

舞台を見には行っても本は放置していた...


読んでみたら、本当に面白い。

書いてあること書いてあること的を得ていて

心の中にスッと入ってくる。


演劇関係者はスタッフも含めて「芸術家」で

論理とか科学とは関係ない人たちと思っていたけれど

たぶん「芸術家」であることは間違いないのだけれど、

平田オリザさんの文章の何と論理的なことか。


カンとか才能とかではなく、綿密な思考と論理から

必然としての戯曲の書き方があって、

その枠を踏まえての表現なのだということ。

あくまで体系や型があって、

その狙いを受け手としての観劇者が受け取っているのだ

ということを初めて知った。


「なぜ難しい数学ができる高校生に

幼稚な戯曲しか書けないか」

という話の展開が本当に面白い。


平田さんの答えは色々本文中に書いてあるのだが

要は「基礎」がなっていないから。というのだ。


芸術も科学も当然「基礎」がある。

落語家で基礎があってそれを応用するのが「かたやぶり」で

基礎もできてないのに好き勝手やるのは「かたなし」だ。

と言っていた人がいたがまさにそのとおりだと思った。


「人生は公平ではない。それに慣れよ」と

ビルゲイツ氏は言っているそうですが、

唯一平等なのは「時間」だと思う。私は。

28歳なら28年間、誰しもに平等に時間はあった。

これからも生きている限り、持つ者にも持たざる者にも

平等に時間はあるのだと思う。

(もちろんその結果は平等なんかではないわけだが)


それを何に使うか?

お金を稼ぐのか、価値を作り出すのか、

家族を守るのか、社会に貢献するのか、

自己を探求するのか、人に尽くすのか、

自分を磨くのか、人と交流するのか...


どれかだけ、というわけにはいかないし、

どれもやるわけにもいかない。


私は1人でも多くの人に知ってもらえるよう

今まで学んできて研究してきたことの「基礎」を

まとめる作業をしたいと思っている。


平田オリザさんのまとめは

門外漢の私にも本当にわかりやすかった。

わかってもらえる「基礎」のアウトプット。少しづつ始めたい。