シラスとウシハク【保守・革新でなく、日本獨自のありかたにもとづく區別をとり、時事・歴史問題を考へるブログ】 -7ページ目

シラスとウシハク【保守・革新でなく、日本獨自のありかたにもとづく區別をとり、時事・歴史問題を考へるブログ】

日本人固有の思想をもって、
政治・經濟・歴史・時事問題を考へるウェブログでございます。
(國體思想・皇室論・脱原發・消費税・TPP・言葉の問題など)

天皇のシロシメス作用を促進・維持する政策には贊成し、
かたや減殺しかねない政策には反對いたします。

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  またかと言はれるやもしれませんが、大事なことなので幾度も申します。天皇が在ますおかげで、わが國は人權が保障されてきたのです。もちろん、完璧に保障されてきたとは言ひません。が、世界と比較して、わが國が古今をつうじて人權保障大國であったことは、紛れもない事實です。


  先月、「皇室から受けた御恩とは?」シリーズと題し、10囘にわたって論じたことがございました。そこで申したかったことは、われわれ國民は天皇のおかげでさまざまな恩惠をうけてきたし、今もうけつつあるといふことです。テーマ「皇室論」に收めてありますから、まだ御讀みでないかたは、ぜひ御參照ください。






「外国のエンペラー、キング、国王、皇帝は武力をもって支配している。外国のエンペラー、キング、国王、皇帝で鎧兜をつけていないものはありません。そしてすべて要塞地帯のようなところにたてこもって、武器をもって自分を保護している。そして一方では国民を搾取して、豪華な金殿玉楼に住み、ぜいたくの限りをつくしている。こういうふうに武力によって支配しているから、三百年しか続かない。


  日本は武力ではない。日本の天子様あるいはお公家さんで、鎧兜をつけている人はありません。ということは武力をお使いになっていないということです。それではなにをお使いになったかといえば、それは道徳、徳の力です。日本の皇室は、京都の御所を見ればわかるように、平地に無防備で、しかもきわめて質素に暮らしておられる。平地に無防備でおられるということは、これは、人間の徳なんです。徳ということばは外国にはありません。日本独特のものです。


  国民は皇室にすがっておれば、生命も安全であるし、なにかのときは救ってくださるし、財産も没収されるようなことはない。皇室はご自分もきわめて質素にお暮らしになっているから、国民の財産を没収なさる必要がない。生命、財産の安全が皇室によって守られているということは、国民にとっていちばんありがたいことで、国民は皇室に対して「ありがとうございます」という感謝の念をもつことになります。ここに日本人の“恩を知る”とか無我無私、互譲互助、犠牲心というような独特の国民道徳が出てきたわけです。


  外国では、いつも武力で征服されて搾取されているから、そういう征服者に対し、国民が「ありがとうございます」という気持ちをもてということは無理です。むしろ反対に、我々にも自由があります、権利がありますと主張することとなり、頼るものは自分だけしかないということから、ここに外国の個人主義、権利思想がでてきたのも当然であります。






  問題です。上のふみは、誰の筆になるものでせうか? 絶對にわからないとおもひますが、敢へて問うてみます。






  答は、出光佐三でした。『出光佐三対談集  永遠の日本』(平凡社)前書Ⅳ、Ⅴ頁からの引用であります。


  なぜ出光のふみを長々と引用したかといふと、そこにわが國のありのままの姿が描かれてゐるからです。出光自身がつねに述べたごとく、觀念・イデオロギーの奴隸とならず虚心坦懷に日本をながめれば、だいたい引用文のやうな認識に至ります。そしてその考へは、本居宣長・井上毅らの系譜につらなる傳統的思想でもあるのです。


  それにしても、出光はどこでそのやうな正しい認識をもったのでせうか。『ウィキペディア』によると、出光は小學生のときに眼病と神經症とを患ったといひます。さうだとすれば、あまり讀書はできなかったでせう。それにもかかはらず、正しい日本國家觀を身につけてゐた。やはり、本を讀みさへすればよいといふわけではなささうです。






  さて、出光がたびたび口にした「人間尊重」といふ言葉は、言ひ換へれば「人權尊重」であります。そして人間尊重の思想は、天皇が代々うけついでこられた思想でもあるのです。觀念・イデオロギーにとらはれないといふことも、天皇の一大特徴であります。


  イデオロギーが一番になってしまふと、それのために人間を犧牲にしてもかまはぬ、といふ考へにゆきついてしまひます。たとへば、共産主義はもともと人民のために生み出された觀念であるはずです。それにもかかはらず、共産主義の名の下に、いったいどれほどの人民が生命を絶たれてきたか。みなさんも、よく御存じのはずです。


  ほかの例をあげると、國家財政の均衡やら構造改革やらを《原理主義的に》信じる人々は、かれらが信奉する觀念こそが大切なのであって、それさへ守られれば、國家や國民がどうならうと知ったことではありません。


  ことほど左樣に、およそ原理主義とは、人間に害をもたらす危險思想なのです。そんな危險思想に天皇といふ國のトップが染まらず、むしろ人間尊重の思想をもちつづけてこられたといふことが、われら下々の者にとって、どれほどありがたいことであるか、考へたことがおありですか? 天皇統治のありがたさを、觀念的にではなく具體的に《實感》できるところは、ひとつにはその點にあります。






  天皇の基本思想は、初代神武天皇のみことのりに、はっきりと記されてをります。

「それ大人(ひじり)制(のり)を立てて、義(ことわり)必ず時に隨ふ。苟(いやし)くも民(おほみたから)に利(かが)有らば、何ぞ聖(ひじり)の造(わざ)に妨(たが)はむ。」(『日本書紀』神武天皇、即位前紀、己未(きび)三月條)

【譯】
そもそも聖人は制度を立てるものだが、その意義はことごとく時勢にかなふ。いやしくも(或る制度・政策によって)民に利益がもたらされるならば、(その制度・政策の實行が)どうして聖人の行爲にたがふであらうか、いやたがはない。(したがって、そのやうな制度・政策はためらはずに實行すべし。)


  人間尊重・人權尊重の主義が、たからかに宣言されてゐるではありませんか。人權觀念の根據を天皇にもとめることがいかに自然なことであるか、おわかりいただけませう。


  昔の人は天皇のありがたみを自覺してきたからこそ、「ありがたうございます」といふ感謝の氣持を、皇室にたいして持ちつづけてきたのです。現代を生きるわれわれはどうか。天皇に戰爭責任をかぶせて罪人に仕立てあげ、平氣な顏をしてはゐまいか。わたくしがつねづね、憲法改正の議論はまづ天皇條項から始めよと主張するのは、かくのごとき不忠・恩知らずを清算するためでもあるのです。
(つづく)




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