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【本記事の主張】
出光佐三の事蹟をたどれば、安倍總理大臣に足りないものが何なのかがわかる。それは、”確信”である。
う~~~ん、またぞろ暑くなってまゐりました。他の地方はわかりませんが、靜岡は結構暑いのです。夏みたい。まあ、暑いのは好きだからよいのですが、季節感がマヒしてしまひます。みなさんの地方は、まだ夏ですか、それとも秋になりましたか?
みなさんは、出光佐三を御存じですか? その名前を御存じでないかたでも、
「百田尚樹氏の小説『海賊とよばれた男』の主人公・國岡鐵造」
と言へば、おわかりになるでせうか。
出光佐三(1885~1981)は、出光興産の創業者であります。かれのもっとも偉大な功績は、何と言っても、昭和28年にイランから石油を輸入したことです。
當時、イランは自國の石油を國有化しようとしてをりました。植民地時代のイランはイギリスの支配をうけたので、かの國の強い影響下にありました。したがって、石油國有化にはイギリスが大反對します。もちろん、英米を中心とする國際石油資本(石油メジャー)も、みづからの取分がすくなくなるので、斷乎反對の立場です。
つまり、當時のイランは、歐米列強と敵對關係にありました。國際的に孤立してゐたと言ってよいでせう。そんなイランから、出光はあへて石油を直接に輸入したのです。「日章丸(二世)」といふタンカー船をイランに寄越し、石油を搭載して、歸國をはたしました。イギリス海軍によるホルムズ海峽封鎖をかひくぐっての偉業でした。
わが國にとっては偉業でも、イギリスや國際石油資本にとっては犯罪的行爲です。アングロ・イラニアン社から、積荷の石油の所有權にもとづく返還請求をおこされました。その裁判にも勝利(被告による訴因取下げ)して、出光の行爲は正式に認められたのです。
國際的に孤立するイランから石油を直接輸入するといふのは、歐米列強を敵にまはすも同然の行爲であります。出光とて、それは百も承知であったはずです。昭和28年といへば、敗戰の打撃からまだ立直りきれてゐない時期。そんな時期に、歐米を刺戟するやうなことをする。どんなにか勇氣の要る行動であったことでせう。
出光はなぜあへてそんな危險を冒したのでせうか? ここで念頭に置くべきは、
「出光佐三が尊皇の志士である。」
といふ事實です。
その當時、石油は「セブン・シスターズ」とよばれる石油メジャーに獨占支配されてをりました。そしてかれらは、その優越的地位を利用して、油の値段をつりあげてゐたのです。その理不盡に怒ったのが、出光佐三でした。石油の値段が高騰すれば、庶民の暮しに惡影響が生じます。敗戰後の混亂によって貧窮してゐた時期ですから、なほさらであります。庶民の生活をたすけるために、出光は冒險をなしたのです。
出光は、皇室を中心とする國體に、自信をもってをりました。皇室のかかげる價値を、一點のくもり無き心で、確信してをりました。その價値とは、
《人間尊重》
といふことです。金錢・主義の奴隸になることなく、人間そのものを尊重し、慈しむこと。それが、皇室が體現してこられた價値なのです。出光は、それを信じてをりました。これからのわが國・世界を向上させうる價値であると、確信をもってゐたのです。
「安いから輸入した。」
「儲かるから輸入した。」
といふわけでは、けっしてありません。もちろん、儲けを考へなかったとは言ひません。商賣ですから、儲けを考へるのは當然のことです。しかし、歐米を敵にまはすのは、儲けを追求するだけならリスクが高すぎます。金錢以外の理由がなければ、そこまでのことはできません。
「庶民の暮しをまもる。」
といふ大義があったからこそ、出光は危險な一歩をふみだすことができたのです。
出光は、皇室の掲げる價値《人間尊重》を確信してゐたからこそ、その確信に突きうごかされて、かの偉業をなしとげたのです。プレッシャーや弱氣を感じても、それをはね返すだけの心の強さが、出光にはありました。そして、その強靱な心の源泉は、人間尊重といふ價値への”確信”にあります。
出光は紛れもなく、大楠公をはじめとする後醍醐天皇の忠臣や、吉田松陰ら幕末の志士たちの流れを繼いでをります。
「皇室のかかげる大義のためには、討ち死にするも厭はず。」
といふ氣概があったのです。
出光の尊皇は有名な話であり、昭和天皇もあつい御信頼をよせておいででした。出光が亡くなったとき、昭和天皇がおんみづから御歌を詠んでをられます。
「出光佐三逝く三月七日國のためひとよつらぬき盡くしたるきみまた去りぬさびしと思ふ」
天皇が一國民の死を悼んで御歌を御讀みになるのは、前例の無いことであるさうです。どれほど天皇の御信頼が巨きかったかが、わかります。
ところで、わたくしの所藏する『海賊とよばれた男』の帶には、
「安倍晉三總理も愛讀」
とあります。その文字を見て、
「いったい、その本から何を讀み取ったのか?」
と、疑問を感ぜずにはゐられませんでした。安倍首相にはぜひとも、“讀書感想文”を提出していただきたうございます。
出光佐三を理解するキモは《人間尊重》にあり、それを土臺にしてかれは戰ったのです。安倍首相の“土臺”は、どこにありますか?
このたびの消費税引上げの決斷においては、各方面からの壓力があったこと、想像にかたくありません。安倍首相が確信犯的に(=増税することが“善”であると思ひこんで)決斷したのでなく、壓力に屈してしまったのだとしたら、その心根の弱さを分析する必要があります。
安倍首相の心中には、出光佐三のなかに確乎として存在した(人間尊重といふ)土臺が、無いのではありませんか? 土臺が無いから、壓力に負けてしまふのです。堅固な基礎が無いから、強風が吹くとすぐに倒潰してしまふのです。
安倍首相はまた、同郷といふこともあってか、吉田松陰を尊敬してゐるさうです。いったい、吉田松陰の“どこを”尊敬してゐるのか? ぜひ教へていただきたいものです。吉田松陰の一大特徴は、その志の忠烈さにあります。岩をも貫くやうな信念こそ、松陰のアイデンティティーなのです。そして、そんな信念の下には、皇室にたいする崇敬の念が存在します。
吉田松陰を尊敬し、出光佐三の事蹟を顯彰するといふのならば、かれらの生き樣や價値觀こそ評價し、
「みづからもかくありたし」
と見習ふのでなければなりますまい。それを拔きにした尊敬とは、いったいどんな“尊敬”なのですか?
安倍首相を限定的にではあれ支持してゐるからこそ、以上の批判をさせていただきました。もっと立派におなりいただきたいと願ふからこそ、苦言を呈するのです。そのあたり、御汲取りいただければ幸ひに存じます。
本ブログを御讀みくださるみなさんは、きっと御志のある方々でせう。みなさんもぜひ、御自分の“確信”がどこにあるのかを、いまいちど問うてみてください。みづからの確信を認識すれば、この先ブレない人生を生きることができます。
(終)
【本記事の主張】
出光佐三の事蹟をたどれば、安倍總理大臣に足りないものが何なのかがわかる。それは、”確信”である。
最後まで御讀みいただき、誠にありがたうございます。本ブログの活動を認めてくださるかたは、ぜひこのボタンをクリックしてください。日々の勵みになります。

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