人の人生には何度も岐路があって、毎日が選択の連続だ。

その選択の全てが今日の自分を作っている。


今年は私にとって大きな岐路となりました。


結婚して、母になり、いわゆワーママとしてやってきた。

それは常に120%、いえ、なんなら200%の生き方でした。

その都度迷いながらも、そうするしかなかったし、それでいいと思っていた。


でもね、ちょっと生き方を変えようと思います。

それは子どものために。

子どものためにといいながら、自分のために。

今はまだ細かく語るわけにはいかないけれど。

身近な人にはきちんと自分の口から話したいから。

あっ専業主婦になるわけではないです。


今一度、自分はどう生きたいのか、よくよく考えました。

自分の1番大事にしたいことは何か。それは揺るぎなくわが子との生活です。

それとは別にいつかでもいいから実現したいことは何なのか。今見つめ直しています。これにはすぐ答えが出ないからじっくり考えています。自分のしたいことをどのような形で実現したいのか、実現可能なのか…答えが出るまでゆっくり考えようと思います。


そしてタイトルにした「80%の生き方を」心がけたいと思ったのです。


舞台人を目指して、初めて踏み出した舞台のときのことです。

私はバレエは習っていたけれどジャズダンスはそれほど経験がなく、それでもいただいた役はブロードウェイを目指すダンサーの役。

初めてのフォッシーダンスにものすごく苦戦をし、無我夢中で練習し、挫折し…

そんなとき、先輩ダンサーが呼び出して話してくれたのが「あなたは一生踊っていたい?今の踊りは常に120%すぎる。そのまま踊り続けたらいつか身体が壊れて踊れなくなる。ここでダンサーを諦めずに一生踊りたいのなら80%の踊り方を目指しなさい。それできっとちょうど100%の踊りになるから」と。

とても愛のある言葉でした。

それまで、何かにつけて劣等感のある私は、自分が人並みに何かを成し遂げるには、もしくは人より少しでも優れるためには人の倍やらないといけないと思っていた。だから常に120%でした。

でもね、確かにそれは一時の結果は出せても,持続可能な生き方ではなくて、ものすごくしんどい。それってあまりいいことじゃない気がします。のびしろがあってこそ人が伸びるように、生き方にもきっと余裕がなきゃその先に良い未来はない。がむしゃらに生きた時間や生き方を否定するわけではありません。そうせざるを得ない時だってもちろんあるし、そうじゃないと食っていけないときだってある。私だって今までそうだったし、今だってその渦中。でもそのためにわが子に皺寄せがいくのは本望じゃないなと。


その時思い出したのが「80%」という言葉でした。

それが許されるならそうしてみようと。生き方を変えるって想像以上の労力だったし、今もその途中にいるのでまだ涙を流すこともあるかもしれないけれど…自分が何を大事に生きたいかだけは揺るぎなくもてたので大丈夫な気がしてる。その当たり前の大事に生きたいことを忘れていた、または見ないふりしてがむしゃらに生きていたとこにストップをかけて、来年度からは違う生き方をしてみます。

仕事の前日、いつもだったら日曜日の夜は頭が仕事モードになるからかアドレナリン出ちゃうのかなかなか寝つけません。明日から仕事だから寝なきゃとか思うのに。
いやいや、単純に子どもの昼寝と一緒に寝落ちしちゃって昼寝してるから夜寝れないってのもある。
前は昼寝しても寝れたのに、今は寝れない…当たり前か…はたまた歳か…逆に仕事の日はもう子どもと共に寝てしまいます。体力もたない。

我が家は職業柄明日から全員ステイホームは叶いません。
もうそれは仕方ない。
だから子どもたちにも申し訳ないと思わないようにしてる。だってどうしようもない。
でも幸い行き先は家族全員同じ。そんな家庭滅多にないだろうけど。

じゃぁ専業主婦になりたいかと言われれば、最近よく分かったけど、私は専業主婦には向いてない。
家の外にやりたいことがある。
働きたいとか出世したいとかは全くない。
でももうこれはやっぱり運命なんだろうなぁ、ここに嫁いでこの仕事を全うすると神様が決めたんだろうなぁとなんとなく思うのです。
不思議なもので。
こういうのをご縁というんだろうなぁと。

なのでこの状況で仕事に行くことに、危機感はあっても抵抗はあまりないのが自分でも不思議。 

あ〜最後まで親に代わって子どもを守る仕事なんだなぁと逆に腑に落ちたりもして。

保育園というと「あ〜子どもを預かるところね」って一般的な人は思い、幼稚園と言うと「教育的なところ」と人は思う。
でもどちらも保育の場であり、保育は日本独特の言葉で同じ表現はどの言語にもない。だから英語ではcare and educationと訳される。保育園での保育と幼稚園の保育を分ける言葉もない。

ただ子どもと深く関わったことがある人ならすぐわかる。
子どもを1日預かると言うことがどれだけ大変か。本能的な欲求を満たし、心を満たすことがどれだけ大変か。しかも一対一でそれを成し遂げるのではない。

少し考えればすぐわかることなのに、この大変さをわかってる人は案外少ない。

とはいえ、でも一言で保育といってもいろんな考え方、いろんな保育のあり方がある。
本当に人となりや価値観がもろにあられる仕事だなぁとつくづく感じる。

今は登園も自粛要請が出てるのでいつもより少ない。いつもはブログに毎日アップされる日常の様子も「自粛してるのに登園してる子たちの楽しそうな姿を見るのはちょっと」というご意見もあって控えている。

その意見もとてもわかる。
だけどね、登園してる子どもたちには休むという選択肢はない。
なら私たち保育者がすることは、登園した子どもたちの安全と笑顔を守ることなんだ。そして預かるだけの仕事ではないんだ。子どもたちが有意義な1日を送れるように全てを尽くす。

私の小さい頃の夢はお母さんになること。
そのあとは舞台俳優。
今は保育者として日々子どもたちとすごすこと、我が子にとって最高の母となること、そしていつか保育者を養成する立場になること

その中で一貫してるのは
子どもたちの笑顔を守る、生み出すということ

あ〜私はずっとそれを目指してきて、これからもずっとそこに尽力していくんだって気がついた今日この頃。

保育という言葉の起源はちゃんとは知らないけど、育ちを保つ(守る)こと。とても日本らしい。その子の中にある育つ力が損なわれないように保ち守ること。子どもは何も教え込まなくても自分で育つ力を持ってる。私たちにできることはその力が十分発揮できるようにすること。まぁそれが大変なわけだけど。

さあ明日からもその続きを。

以上、夜中の戯言でした。
娘とふとした会話の流れで、「大きくなったら何になりたい?」と言う話になった。

初めて言ったなりたいものは何だっただろうか…3歳の頃、シンデレラとかそんなんだった気がする。

今年の夏には「芋を作る人」だった。
じゃがいもが好きで、仲良しの子が家の近くで畑を始め、そこによく遊びに行かせてもらっていた頃だったから。

ところが今回は
「人を育てる人になる」と。
それは何?と思わず問い直す。
すると今度は「お母さん」と。
そして「でも大人になったら働かないといけないから、お仕事は保育園の先生にする」と。

しみじみ、この子はすごいなぁと。
4歳の語彙力、思考力でそれを言うとは。

「人を育てる人になる」って。
それが「お母さん」であり仕事にすると「保育士」だと。

ほんとすごい。というよりも、びっくりした。
私の選んだ生き方を一言で表したような表現だったから。

なんていうか、「お母さん」だけでも、「保育士」だけでもないんだよな。

私はお母さんになりたかった。
でも人生の目標としては、人(自分の人生を他者とともに幸せに生きていける人)を育てる人になりたくて、その人生の最初の幼児期が大事だと思ったからあの大学へ行き、ここまでたどり着いた。
まさか娘が一言でそれを表すなんてね。私の生き方を一筋に結んで、今を肯定してくれたような気さえした。

夢はこれからどんどん変わってもいいけれど、娘がそう思えるお母さんと保育者でありたいと改めて思えた出来事だった。

そして何よりもこの子を授かったことにあらためて感謝した。
この子は何になるのだろう。今の心のまま育っていってほしい。

母親としても保育者としても人としてもまだまだ半人前。一生かけて成長していけたらと思う。