脳科学者・茂木健一郎のブログを読んだ。
海老蔵の舞台を見た感想などが書かれていた。海老蔵のことをマスコミでは「希代のモテ男」としてやっかみで報道している部分が多い。そのことを軽く指摘し、海老蔵が持つ生活の足場に目を向けて考えようというものだ。http://bit.ly/eGWvTf
生活の足場を誰しも持っている。もがき、苦しみ、なんとか生きている。一流の人間ならば尚更だ。昨日、つぶやいたセオドア・ルーズベルトの言葉にも通じている。
茂木先生のいうことも最もだと思う。
そもそも、人格的に「申し分ない」とえるマスコミ人は意外と少ない。
「なんだ、こんな奴が書いてるのか?」とがっかりすることのほうが多い。
ひーパパのつぶやき若いチンピライソギンチャクみたいなレポーターが「どうなんですか?」「答えて下さい!」と馬鹿みたいに叫んでいるのも、テレビでよく見るでしょう。
市川団十郎さんに向かって
「海老蔵さんの様子は? どうなんですか! 市川さん!」
なんてシャウトしているレポーター。
「じゃあレポーターさん、あんたは、何なんだ? あんたこそどうなんだ?」
と聞きたくなる。
国民の知る権利のため。
だから聞く。根掘り葉掘り。
自分の興味のあることだけ。
もっと奥深い芸術のことや、海老蔵が恐らくは経験してきたであろう、想像を絶する稽古、よい部分を、いったい何人のレポーターが聞き、放送したか。
はっきりいって皆無だ。
仏典には、
大河を流れる水を
餓鬼は火と見る
人は水と見る
そして天人は甘露と見る
と書かれている。
同じ水でも、見る人によって違って見えるということだ。
同じ人物であっても、同じ事件であっても、人によって気になる観点が違う。
ただ、そもそもの先入観というか前提条件がマスコミにもたらされる偏った情報によって形成されているのだから、結局は、マスコミの言いなり、ということにならないだろうか。
怖いことだ。
そうそう、昨日つぶやいたというセオドア・ルーズベルトの言葉。
映画「ワールド・ファーステスト・インディア」で主人公が紹介した言葉で気になったので調べた。
どこかのサイトのコピペですが、
The Man in Arena
という題名の演説の一説だそうだ。
私の拙訳で書くと原文を汚してしまいそうなので、そのまま原文を載せておきます。
“It is not the critic who counts; not the man who points out how the strong man stumbles, or where the doer of deeds could have done them better. The credit belongs to the man who is actually in the arena, whose face is marred by dust and sweat and blood, who strives valiantly; who errs and comes short again and again; because there is not effort without error and shortcomings; but who does actually strive to do the deed; who knows the great enthusiasm, the great devotion, who spends himself in a worthy cause, who at the best knows in the end the triumph of high achievement and who at the worst, if he fails, at least he fails while daring greatly. So that his place shall never be with those cold and timid souls who know neither victory nor defeat.”