私が尊敬する矢内原忠雄先生(東大の元総長)の文章を引用していた記事は、今でも「なるほど」と思った記憶があったので、ひっぱりだしてみた。
以下が、その記事です。
2009年9月17日付
評論家の故・加藤周一氏の未発表原稿が自宅で見つかった。氏が「最後の仕事と位置づけていた」(朝日新聞)ものだという。逝去の直前までペンを執り続けた論客の信念を伺わせる遺品だ。
生前、池田名誉会長と交友を深めていた氏。著書『日本文学史序説』で「論戦的な日本語の散文は、早くも一三世紀に、日蓮において(中略)ほとんど最高の水準に達していた」と綴っていたことは有名だ。
日蓮大聖人の御書に讃辞を送る識者は多い。作家の半藤一利氏は「悠然とした達人の境地が、文学的な格調と華麗さをもって書かれている」と。東京大学の総長を務めた矢内原忠雄氏は「かたき信仰と真実なる人格との融然として流露せる大文章」と評した。
一切衆生を救済せんとした、御本仏の大慈大悲に触れた感動が伝わってくる。御書の多くは平穏の中で認められたものではない。命を懸けた正義の言論闘争の中で贈られたものだ。人の心を打つのは、その勇猛心ゆえだろう。
11月には全国で教学試験が実施される。御書には「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(1361ページ)と。弘教・拡大に挑戦する中で、大聖人の折伏精神を深く刻みたい。それこそが学会の不変の魂であり、我らの信仰の骨格となる。(之)
最後段は、今は時期が違うから、しょうがないが、日蓮大聖人の名文家ぶりに着目した言葉の数々。加藤周一氏も、私が愛読した評論家の一人だが、矢内原忠雄先生の『余の尊敬する人物』(岩波新書)から引っ張ってきたというのが、なかなかツーな記者だなあと感動しました。
年配のベテラン記者が書いたのかなあ?
矢内原先生といえば、目黒区・駒場の東京大学の構内には、かつて「矢内原門」という門があった。今はもうないかもしれないが、名前を門に残したいと思うほどの偉大な総長だったのだと思う。
キリスト教の信仰をしていた人だが、「尊敬する人物」の本の中には、ただ一人だけ、キリスト教の信仰者でない人がいた。それが日蓮(大聖人)だった。
矢内原先生は、日蓮大聖人の熱情というか、信仰を貫いた情熱に、感動しておられる様子だ。
名字の言の筆者「之」氏が、恐らく、もっと書きたかったであろう箇所を、すこし引っ張っておきたい。(引用は、いずれも岩波新書から。一部現代語の表記にしました)
『開目鈔』の文章は、名文家たる日蓮の筆の中でも特に名文であります。真理に対する彼の熱情と、使命に対する彼の熱意とが、熱湯の如くに迸り出てゐます。之を現代語訳にすれば、力と味とに於いて失ふところが余りににも大きい。多少難解の字句はありましても、大意は解りませう。左にその本文諸処を抜粋して、日蓮自身の言を直接に聞いていただきます。
実にこの『開目鈔』は、日蓮のかたき信仰と真実なる人格との融然として流露せる大文章であります。蛇足の説明をくはへるよりは、本文を熟読玩味していただく方がよいでせう。
ほかにも、日蓮大聖人の著作である『御書全集』を何度か通読した自分からしても、思わず膝を打って賛同したくなるような箇所が沢山ある。
(信仰を貫けば迫害を受けるという経文の言葉は)一々日蓮の身に当たってゐる。然らばかく迫害苦難に遭う事実こそ、即ち日蓮が真の法華経の行者たる証拠ではないか。故に日蓮は法華経の故にかく苦難に遭ふことを、自ら悦びとするのである。ーーこのやうに自己の使命につき、繰返して自ら疑ひ、又繰返しては確信する心理的過程が、痛々しきまで如実に告白されてゐます。(中略)日蓮の自信が傲慢と異なる所以は実にここにあります。この告白あるが故に、日蓮は私共の親しみ得る人間なのです。
彼は真理を生命としたが故に、真理の敵に対しては、両立を許さざるほどの激しい憤りを発したのです。日蓮の怒の底には、真理に対する熱愛があったのです。
次は、最後の結語の部分です。
日本人は長い間の封建制度の下に、「長いものには巻かれろ」といふ思想的奴隷の態度を養はれて来ました。真理の故に真理を愛し畏しこむといふ思想は蔽はれて来たのです。併し何時までもさうであってはいけますまい、鎌倉時代の日蓮は、真理の為めに真理を愛し、真理によって国を愛し、真理の敵に向かって強く「否(ノウ)」と言ふことの出来た人であります。さういふ人が昔の日本人の中に居たといふことは、私共の慰めであります。
これくらい引用しておけば、「之」氏も納得してくださると信じたい。
余の尊敬する人物 (岩波新書 赤版 65)/矢内原 忠雄

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