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5月も過ぎようとしております。
 
書きたいことは沢山ありましたのに、なかなかブログを更新することができませんでした。
申し訳ありません アセアセ
 
個人的にも色々な変化がありました。
 
今回も私の霊界の夢?の続きを
綴ってみたいと思います。
 
 
亡くなった親しい人と交流することは、おそらく多くの方が経験されていると思います。
 
それらのほとんどは
眠っている間に行われるので
目が覚めた時には忘れてしまうことの方が多いようです。
 
時には記憶の一片だけが残っていることもあるかもしれません。
 
今はまだ、このことを科学的に検証する術は無いので
ここでは一応、夢物語として記録しておきたいと思います。
 
とは言っても、大げさなものではありません。私も覚えているのは
ほんの少しの情景だけなのです。
 
 
夫が亡くなった時に見た最初の夢は、何やら夫が大声で話をしているところでした。
 
おそらくグループソウルに迎えてもらった時だと思います。
 
亡くなる時は病み衰えて、声を出すこともままならなかった夫が
早口で大きな声で、何かを盛んに話していました。
「本当に大変だったよ〜」
そんな感じてしょうか。
 
亡くなった魂はあの世の故郷で
グループソウルのメンバーに
温かく迎えてもらいます。
 
そこで再会を喜びあったり
人間界での労をねぎらったり
してもらうのです。
 
 
次の場面はおそらく49日近くです。霊界に旅立つところでしょうか。
この場面は以前のブログにも書きました。
 
行こうとしている道は
まだ薄暗いのですが
夫は先に進もうとしていました。
 
何故か私も一緒でした。
(見送って行った?)
 
夫は早く出発したくて
2、3歩先に進んで
「まだ行かないの?」と言うように、こちらを見ていました。
 
行かなくてはならないのに、私が進めないでいたのは
義妹が必死に追いすがっているからでした。
 
義妹は泣きながら
「電話でもいいから話せないの?」と言っていました。
 
義妹は手を伸ばして
こちらに来ようとしますが
ある線を越えられず
来ることはできませんでした。
 
生前、夫と義妹は仲の良い兄妹でしたから
こんなに必死に追いすがる彼女を見捨てて行けないようなものですが
夫の方は未練をみせず
彼の関心は
道を進むことにあるようでした。
 
一方、まだ生きている私は
義妹の気持ちが痛いほどわかり
彼女の伸ばす手を無下に振りほどいて、出発することができずにいたのです。
 
この情景では、覚えているのはここまでです。
 
 
人が亡くなった時、残された人があまりにも悲しむと成仏できないですよ、と言われますが
このようなことを言っているのでしょう。
 
先に行きたい夫と
悲しみに暮れ追いすがる義妹との間で
まさに私は
右と左に手を引っ張られて
身を引き裂かれるような
辛さを感じました。
 
亡くなった人は自然の流れとして
霊界にあがりたいものなのです。
 
もはやこの世の肉体は
ありませんし
肉体に付随していた様々な感情も
49日の間には落とされて
浄化されていくようです。
 
 
☆普段から死後の世界のことを知っていた人
☆スピリチュアルな知識があった人
☆瞑想やヒプノセラピー
様々なワーク、ヘミシンクなどで意識を開拓していた人などは
 
49日を待たず、直ぐに
または数日で
霊界に上がることもあるそうです。
 
※ヘミシンクはGoogle検索すると説明が出てきます。
 
拙ブログでも少し触れています。
ヘミシンクのテーマがあります。
もしよろしかったら
参考になさってください。

ヘミシンクhttps://ameblo.jp/a-coronana/entry-11951026087.html?frm=theme 



 
夢の話を続けます。
 
その家は昭和の時代を思わせる
木造のやや古びた
2階建ての一軒家でした。
 
夫が玄関を上がった所にいたので、私は
「〇〇をしておいたよ。」
「〇〇も払っておいたけど。」
などと夫がするはずだった事柄や
支払いなどの報告をしました。
 
「ふ〜ん」と夫は一応返事をしましたが
全く興味はないようでした。
 
生前の夫はそのような事はきちんとやる方で、私の方がズボラでしたから
苦手なことを必死にこなしている私は、ガックリきました。えーん
 
それから数日後
たぶんその一軒家の2階にある
リビングダイニングのような
広い部屋に
数人の男性がいました。
 
なぜ2階だと思ったかというと
南に開いている窓から
空がきれいに見えたからです。
 
2、3人の男性がテーブルに座ってビデオを見ていました。
 
ビデオを写し出しているテレビは小さくて
こちらも昭和感が漂っていました。
 
ビデオはどうやら霊界の成り立ちや、生活案内や、マナーなどを教えるオリエンテーション的な内容でした。
 
それを観ている男性達は
皆、あまり興味なさそうに
ボンヤリとしていました。
 
男性達は飽きてくると
キッチンの方へ行き
飲み物を飲んだりしています。

※肉体がないのに飲み物を飲むのは不思議に思われるかもしれませんが
まだ亡くなって日の浅い霊体は
地上世界の感覚を強く残しています。
飲み物を飲むことで、休憩を取り、気持ちの整理をしているようでした。
 

また、よく見ると
その人達を見守っている人もいました。
 
座ってビデオを観ている人達の側に立って
静かに彼らを見守っていました。
 
もっと、ちゃんと観なさいとか
ウロウロしないで
とかの批判は一切せず
彼らが好きなように
楽なように
させてくれているのでした。

霊界には初心者を案内する役目を持った霊人達もたくさんいます。
 
ヘミシンクではフォーカス27
受入れの場(レセプションセンター)と言われている所があります。

霊界へ上がった人が最初に行く場所です。
 
そこには病院のような場所もあり
浄化を促す温泉施設のような所もあり
また、今回のように少人数で
オリエンテーションをする場所もあります。
 
今回の場所が昭和の日本家屋風だったのも
そこに集った初心者の皆さんが
昭和の日本生まれの人達だったのだと思います。
 

※ちなみに、私はただ見学しているだけでした。
私には実体はなく、意識だけだったと思います。私に注意を向ける人は誰もいなかったです。

 
その後夢に出て来た夫は
霊界の ある街にいました。
 
近未来の都会といった感じの街で
スーツを着て
何やらイキイキと笑顔で働いていました。
 
何をしていたのかわかりませんが、本当に楽しそうでした。
 
生前の夫も東京が好きでしたし
SFも好きでしたので
彼の希望に合っている所なのかもしれません。
 
それが何処であれ
働いている内容が何であれ
彼が楽しんでいるならば
本当に良かったです。
 
 
そして最後の記憶です。
夫と私はある空間で再会しました。
空間と書いたのは
そこには何もなかったからです。
 
周囲は白っぽかったように思います。
 
そこで夫と私は
ハグして、再会を喜びました。
 
喜びもつかの間
ハグしている私の視線の先に飛び込んできたのは
不安そうにしている義母でした。
 
少し離れたところに義母が立っていたのです。
 
現実世界では義母は生きていましたが
高齢で、すでに一人で立つことは難しくなっていました。
 
この空間にいる義母は
もっと若い頃の姿をしていました。
 
義母は硬い表情をして
緊張したように
じっと立っていたのです。
 
 
目が覚めてから思ったのですが
義母はすでに霊界に来ている時間が多かったのでしょう。
 
義母に残された現世の時間はわずかなのだ、と感じました。
 
それからしばらくして
義母は亡くなりました。
先日葬儀も済ませました。
 
夢で見た義母は不安そうな硬い表情をしていましたが
心配はしていません。
 
何よりも愛する息子(私の夫)と
今は一緒にいるからです。
 
夫と義母は相性が良かったので
霊界でもしばらくは一緒に過ごせると思います。
 
しばらくは、と書いたのは
それぞれの魂が成長して
また修行の旅に出るかもしれないからです。
 
再び地球に転生するかもしれませんし
違う星に行くかもしれません。
 
また霊界は広大なので
他の場所に移ることもあるでしょう。
 
魂の成長には限界はなく
好きな時に
好きな場所に
行くことができます。
 
好きな場所が安楽な場所とは
限りませんが。笑い泣き
 
 
こうして
私たちが今、ここにいるのも
自分自身が願ったからです。
 
修行の場を提供してくれている
地球には 地球
本当に感謝ですね。
 
 
長いお話を読んでくださり
ありがとうございました。
 
霊界の夢の話は
また書いてみたいと思います。
 
 
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