30年前、関西にいた私は、あの阪神淡路大震災を経験しました
震源地から離れていたため、被災はしませんでしたが、バイト先のあった神戸市の状況をTVで観た時、一体何があったのかわかりませんでした
当時はポケベルの時代で、連絡のつかないバイト仲間達に、毎日のように新聞やTVの安否確認をチェックしながら、ポケベルでメッセージを残したり、新聞に安否確認の呼びかけのメッセージを送ったり・・・
知り合いの中で亡くなった方はいませんでしたが、ご家族を亡くされたり、家を失った方がいたので、避難所にいる友人へ差し入れに行ったりしていました
倒壊した建物や焼け跡の残る瓦礫の中を歩き、戦争の時は、こんな感じだったのだろうか、と不謹慎な事を思ったり、なぜこんなことになったのか、と原因のわからない不安がいっぱいだったのを覚えています
今でも、あの長田と御影の町は忘れられません
震源地から離れていたとはいえ、自宅の食器棚からは食器が散乱し、私の部屋の本棚は倒れていました
もし、この本棚の側で寝ていたら・・・
部屋には2つの本棚があり、ベッドの側とデスクの側に置いていました
当時の私は、現代だとスマホを見ながら寝落ちするかのように、本を読みながら寝落ちしてしまう習慣を直そうと、ベッドの側にあった本棚をデスク側の本棚と並べたんです
もしかすると、私も被害にあっていたのかもしれない
今でもそんな風に思うと、生きていることに、ただただ感謝です
もう30年
まだ30年
あの日、多くの方の人生が変わりました
今、こうして、生かせてもらえている事に、ようやく感謝できるようになってきた私は、もっと早く、生と死に向き合うべきだったと、自分を責めたり後悔したりします
30年
あの日から生きられなかった、生きたかった人達の思いを受け止めて
1月17日は家族と楽しく過ごしました

