卒乳までの道 | Road of the …mama!-幼稚園とワーママ-

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◎Tokyo
◎Working mother
◎2014.6 Wedding@new otani tokyo
◎2015.3 Give birth to a girl.How to call "OHARU"

私と娘の授乳生活は、きっちり365日でした。
産まれてすぐのカンガルーケア、初乳がはじまりで、1歳のお誕生日の夜に飲んだのが最後。
断乳ではなく、卒乳と言っていいと思います。
 
現在、1歳9ヶ月の娘。
日に日にキッズ感が増していき…もうたまに切なくなる。笑
赤ちゃんだった頃の娘にはもう戻ることもないし、会えない。
だからこそあの日々はかけがえのない時間だったんだなぁと思います。
幸せな瞬間ばかりではなかったけど、卒乳のことまとめますえんぴつ
 
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お友達が娘のバースデーに送ってくれたこのバルーンすごい長生きしてた♡
☆型のやつは最近まで現役でした!すご!笑
 
***
 
どちらかと言えば、私はおっぱいに苦労した方ではないか?と思います。
妊娠中から母乳が出る人もいる中、おっぱいマッサージをしても、はて、なんのことやら?って感じでした。笑
でもその時は漠然と産んだらホルモンの関係とかできっと、ピューッて出るんだろうな!みたいな軽いノリでいました。
 
怒涛の出産を乗り越え、いざ始まった授乳生活。
助産師さんの指導の元、慣れない手つきで母娘一丸となって取り組むも、まぁうまくいかない。笑
母乳は出てる気がしないし、娘は終始うとうとしてて全然頑張って吸わない。
寝がちな時は、赤ちゃんの顎のところを指で刺激して起こしてあげて~と言われるものの、すーーーぐうとうとする。笑
今でこそ文末に”笑”とかつけられるけど、当時は同じ授乳室で順調そうに(見える)人たちを横目にすごい焦ったし、落ち込みました。
産んで3日目の夜だったかな。
おっぱいが焼けるように熱くなって、ガチガチになる感覚。
痛くて痛くて、どうやらその辺りから母乳の分泌が活性化した模様。
ただ、大事なのは、母乳が作られても出口が開かなければ出てこないということ。
出口を作るためには、とにかく頻回授乳をして乳管を開いていかないといけません。
おっぱいの痛みの次は、頻回授乳によって乳首が切れたりかさぶたになったりの痛みに耐えることに…。
これ本当にきつかったーーーーーー宮澤泣く
歯をくいしばりながら授乳している写真残ってます。笑
 
母子同室だったので、基本体調に問題がなければ2日目からは娘と部屋で2人でした。
昼間天使のようにすやすや寝てる娘も、夜になると”なんか恨みでもあるの?笑” ってぐらい泣く。夜な夜な授乳して、ミルクを足して、と部屋と給湯器ゾーンをそろりそろりと(まだ早く歩けない)行ったり来たりする新米ママ達。すれ違う時には、なんとなく同士感の会釈を交わして夜が明けていく数日。
 
地道な努力の末、退院時には、1回の授乳で34mlくらい母乳が出るように!!
完母にはまだ少し足りなくって、家に戻ってからも授乳後にミルクを足すように言われました。
あくまで私がお世話になった病院での指導ですが、1回の授乳で
★母乳が30~40ml → ミルクを40ml足す
★母乳が48~50ml → ミルク足さなくてもOKだけど1日10回程度の授乳回数が必要
とりあえず2週間後の母乳外来まで上記を目安に、家で頑張ることに。
 
ただ私はスケールは用意しなかったので、きちんとした量が量れない&完母を目指していたので、とりあえず泣いたら授乳。夕方~夜やしんどい時はミルクを足す、というやり方で取り組むことにしました。
 
 
つづく