今日は国指定重要文化財である旧済館本館(山形市郷土館)の3〜4階部分の特別公開に参加してきました。参加無料の山形市の文化事業の催しだったんですが、無料で参加させてもらうのが勿体無いくらい充実した内容なうえに眼福でした。この建築を近代日本史研究者の先生の解説付き今日は国指定重要文化財である旧済館本館の3〜4階部分の特別公開に参加してきました。参加無料の山形市の文化事業の催しだったんですが、無料で参加させてもらうのが勿体無いくらい充実した内容なうえに眼福でした。


ところで霞城セントラルって現代のネオゴシック建築ですね。ネオゴシックも出た頃からもう100年経ってるからネオネオゴシック建築か。


お目当ての建築は山形城跡の霞城公園内にあります。




プロール、ハート型の野苺だよ。


霞城公園(山形城址)の石垣に生えているのを発見。映え狙いでこう配置したのか?それとも偶然か?



ここが山形市郷土館こと旧済生館本館。この建築を近代日本史研究者の先生の解説付きで見学できたんだからお得にもほどがあります。

旧済生館本館は1878年に県立病院として建設された木造擬洋風建築。擬洋風建築とは日本の職人が「西洋建築ってこんな感じ?」とイメージで造った“なんちゃって洋館”。しかもそれが僻地だと完全にイメージ先行になって、結果的にここは日本建築、それも寺社建築と西洋建築が混ざってこんなデザインに。


済生館の建設、というか山形の西洋化を指揮したのは、元薩摩藩士の初代県令の三島通庸氏で、山形にいた7年間に官公庁舎建築、新道開削、石橋架橋をしまくり「土木県令」と渾名されるも、強引に計画を押し通し各地に建設費用と建材を出させ地元民を建築作業員として徴発したため「鬼県令」とも呼ばれていたとか。こんなガタイのおっさんに薩摩弁で金と材と人を出せ!と言われたら出すしかないでしょう。ただ展示品やキャプションを見る限りでは「山形の近代化の恩人」的ではありましたが。愛憎入り混じる感じでしょうか。



ちなみに旧済館本館の入り口は本来の玄関ではなくその真後ろ。もともとは本館の他に病棟があったそうですが取り壊されてしまったとのことで、保存活動当時に残っていたこの本館部分が現在地に移築復元されています。ただ入り口を入った瞬間にこの光景が目に飛び込んでくるんだからもう最高。





バルコニーや階段の手摺りの柱はこけし製作のろくろで作ったとか。まあ西洋建築や家具でもこういう飾りの柱はろくろを使うけど、こけし製作のノウハウが活かされたのが実にご当地。


一階は回廊にドーナツ状のなっておりそこを仕切って診察室や医師・看護師の部屋にしていたそうで、つまり一室が扇形になっています。家具や備品の配置が何気に難しかったのでは。




2階に上がる階段が廊下も兼ねており、開放的かつ立体的でこれまた美しい!

しかし細部を見ると本当に面白くて、アーチのデザインはロマネスク、長細い窓やステンドグラス、尖った装飾はゴシック、細かい装飾や照明器具のスタイルはアール・ヌーヴォー、シンプルな曲面はアール・デコ、外観の柱はコリント式で新古典主義と、もう本当にいろいろ混ざっています。



不意に階段や持ち送りに寺社建築の雲の意匠があったりステンドグラスのモチーフがセーマン(奥羽列列藩同盟旗の星でもある)だったり階段の手摺りの装飾に擬宝珠製作の手法が使われていたりして、本当に職人みんながそれぞれの知識と技術を持ち寄って作ったんだなと思います。このごちゃ混ぜ感が擬洋風建築の良さ。



2階の大広間。柱がない駅舎建築によく使われるトラス構造で、普段はオルガンと卓球台を置いて病院職員や医学生の休憩室として使用し、彼らの親睦を深めるダンスパーティをやったり雨の日の芋煮会会場としても使用され、当時を知る地元民によれば「多くの恋が生まれた」とか。


2階の窓から中庭を眺めたところ。






旧済生館本館の外観はパッと見3階てに見えますが実は4階建てという不思議な構造になっていて、外観からうかがえない3階部分は螺旋階段で繋がっています。それがもう最高にカッコ良い!全体的なデザインはアール・ヌーヴォーなのに唐草模様がそれではなく寺社建築スタイル。職人の中に宮大工いたな。





この螺旋階段の踊り場には、当時は胎児や臓器、患者から摘出した腫瘍のホルマリン標本を並べていて、医学生や職員でも薄気味悪く怖い場所だったため夜に肝試しをしていたとか。2階の大広間を含め、なんかこう明治の市民の青春を感じるエピソードです。





で!ここがレア中のレアな旧済館本館の3階の階段下から見られる2階ドーム屋根の屋根裏です。もう建材が立派!現在ではこんな材を使うのは無理だし材があっても扱える職人がいない。ちなみに左沢(あてらざわ)の木とのこと。こういう今では大金を積んでも買えない良い建材を見られるのもレトロ建築の良さですね。



こちらは4階の塔屋部分の床と天井。建設を指揮した山形の初代県令三島通庸氏が、県内の全郡町村に「その土地で最も良い木を出せ」と命令し、それを8角形の床に敷き詰めたという、言わば木のパッチワークです。なので木の種類も切り出し部分も違う全国でもかなり珍しい板張り。









これもレア中のレアな旧済館本館の4階バルコニーおよびそこからの眺め。バルコニーは塔屋を一巡りしていて本当は全方位見渡せますが、手摺りがただの装飾で防御機能がないので、広い前方のみ手摺りに近づかない程度に出て外を眺めました。ちなみにここは用途不明だそうですが、この4階自体が装飾なんでしょう。


…とまあとにかく眼福極まりないイベントでしたが、これがまた有識者の解説に特別編集のオリジナル解説小冊子まで付いて完全無料!あまりにお得なので「参加費500円ぐらい取った方がいいですよ」と山形市の職員さんに言ったのですが、残念ながら法的に不可能とのこと。それなのに3階踊り場の天井は雨漏りがひどく、早く修復しないと建物全体が傷んでしまうのに予算がなくできないのだそうで、それを聞いて法で稼ぐ力を奪いながら文化財保護の予算を削る現政権へのルサンチマンがさらに高まりました。




霞城公園内の様子。快晴で実に行楽日和でした。




山形市のグッとくる店舗群。昔ながらの商家でそのまま営業したり、現代的な店舗の外装を剥がしたら昔のモルタル洋館の店舗がそのまま出現したり、蔵を増築して店舗として使ったりと様々です。


あとこちらはいい感じの文房具店。文房具店の入り口に鉛筆のオブジェなんて、いかにもシムシティ系の街づくり系ゲームに出てきそうなデザインです。それが現実にあるのはちょっとした衝撃。

本当に山形は普通に歩いているだけで様々な建築が見られる建築天国です。


本日旧済生館本館の解説をしてくださった先生の論文はこちら。



旧済生館についてはこの本でも詳しく紹介されています。